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更新日時 03/03/03 2:32
本日のデータ
日付
2月21日
天気
晴時々曇
旅行日数
226 日目
体調
良好
本日の移動
 石垣島〜黒島観光〜石垣島
走行距離
30.8 km   
現在地
石垣島
総走行距離
9161.8 km   
宿泊地
楽園キャンプ場
今日の出費
食費
1954 円    
宿泊費
0 円    
観光費
2150 円    
雑費
100 円    
経費詳細

 食費:米含む
 観光費:フェリー代(石垣〜黒島往復)
 雑費:洗濯洗剤




牛の島

 ほんとはこの黒島は23日の「牛祭り」に行きたかったのだが、今後の船便の少ない島々の予定と合わせると、どうしても行けなくて、仕方なくこの日となった。だが、この黒島のほんとうの姿を見るためには、今日のほうがよかったかもしれない。

 今朝は7時起床。昨夜のうちに日記を終わらせていたので、今日はのんびりと朝を過ごすことが出来た。そんな朝の朝食は昨夜の残りのコロッケとラーメンでちょっと簡単料理、そのため、いつもよりものんびりした朝となり、久しぶりの読書を楽しんだ。ほんとうは9時頃の高速船で黒島に渡ろうと思っていたのだが、この読み始めた本が止まらずにいつの間にか出発時刻をまわってしまった。そして次に10時発の便に間に合うように時間一杯まで読書にふけっていた。

 9時半にキャンプ場を出発!朝はどんよりとした雲で覆われていたが、徐々に雲は晴れ所々晴れ間も見える天気へと回復してきた。これは海水浴日和になるかな?っと期待しながら港までの数キロの道のりを気持ちよく漕いで行った。

 あまりに時間一杯まで読書に熱中していた為に、乗船はギリギリとなってしまった。こうして飛び乗った高速船の乗客はいつもの違ってほぼ誰も居ない。どうやら乗客は私の他に、男性が一名いるのみのようだ。少なすぎる・・・ 明後日にこの黒島で行われる「牛まつり」を目当てに今は行くのを皆控えているせいだろうか。でも、それにしても少なすぎる。でも、他とは違う、さらに観光地化していない島の雰囲気を見れそうな気がして嬉しくもあった。

 高速船に揺られること25分。静かな何もない港へと降り立った。その中で目に付いたのは港に大きく書かれている「第11回牛まつり」という看板だった。ただそんな看板も、今はあまりに人がいなく、まるでまつりが終わった翌日のような静かさがそこにはあった。

 島内を適当に漕ぎ出した。適当といっても舗装路が前面の一本しか見当たらないので、それをただひたすら突き進んだ。他の脇道に入ろうと思っても何処もかしこも砂利道で、抜けれるのかどうかも分からない。そんな道を避けて、ただ真っ直ぐな道を突き進んだ。そんな道でまず驚いたのが、どこまでも続く壮大な草原と、もう一つ、この舗装路までも、牛が放し飼いになっていて、牛が歩いているではないか。そして、見渡しても管理人はいなさそうだ。あまり自転車を近くに走らせて刺激しては怖いので、ちょっと恐々と避けながら通過した。恐るべし黒島・・・

 10分も走らないうちに島の対岸へと行き着いてしまった。隆起もなにもないほんと小さな島であることをこの走行で実感した。でも、こんな小さな島でこれだけの雄大な景色が見れるのがほんと不思議でならない。どこにそんな土地があるのだろうかさえ思ってしまう。この行き着いた地で昔の藩統治時代の監視台跡を見つけた。恐々と今にも崩れそうなサンゴの石灰岩で積まれた丘を登ってみた。たかが数メートル登っただけなのだが、なんと、そこがこの黒島最高地点だそうだ。これで監視台としての役にたつのかと疑問に思うほどの高さであり、木の上までもまともに出ていなかった。

 監視台を後にして、すぐ横に建てられているビジターセンターへと行ってみた。小さなセンターだけに大した資料が展示されているとも思えなかったが、それで、この島の歴史、今の状態を学べることを期待して入ったのだが、なぜか閉館していた。張り紙によると、定休日でもないし、また時間外でもないようだが・・・ がっかりだ。仕方なく後にして、今度は吼え狂いながら、車道を歩く牛に危険を感じながら、避けるように通過して、今度は南端に位置する灯台方面を目指した。その途中に「仲本海岸」と書かれた看板があったのでちょっと立ち寄ってみた。意外に整備された海岸で、この海岸の説明等書かれた看板も建てられていた。他の島々にも幾つかあったが、資料館がないこんあ島々ではこんな現地での説明書きがほんと嬉しかった。そんな看板によると、この島の周囲にはさんご礁のリーフがあり、干潮時には綺麗にリング(天然の防波堤)が出来るそうだ。でも、それは他の島でもあることなのだが、この島の面白いのは、そのリーフまでさんご礁で陸から繋がっている為に、歩いて行くことが出来る。さらには幾つも繋がっているために、そこが巨大なプールのような池ができるという。そんな景色を見てみたかったのだが、今は満ち潮のようで、そのリーフすらも見ることが出来なかった。また海にも入りたかったが、日も雲で隠れていたこともあり、肌寒くとても入れる天候ではなかった。残念だ。


島最高峰?!
藩の監視台跡にて


牧場内を気持ちよく
のんびりと 走る


小さな島とは思えない
広大な風景


人口の約10倍の牛の数!


南国の島とは思えない!


牛の水飲み場にて

 仲本海岸を後にして、また灯台を目指して走った。だが、この灯台がなかなか見つからない。いろんな牧場道に入るが(もちろん未舗装路)、どこも壮大な牧場の風景が続いた先には、牛舎で突き当たってしまう。海にすら出ることが出来なかった。さすがに数少ない現地の人を見つけて道を聞いたのだが、方言がひどく何を言っているのかさっぱり分からない・・・ 親切に教えてはくれたのだが、結局なにも分からずに、ただ笑顔でお礼を言って、また適当に走り出した。

 改めて地図と睨めっこ。そしてなんとか自分の位置と方向を確認して、灯台方面を目指した。一直線の牧場のど真ん中を抜ける道を気持ちよく抜けると、ようやく前面には海が広がり、そしてその横には真っ白な灯台が建っていた。ようやく行き着いたその地で、そんびりと過ごすことにした。ほんとはここで海に入りたいところだったが、この今日の気温では・・・ 時折、強い日差しの晴れ間も覗かせてはいるが、風だけは冷たく、ちょっと入れそうにもない。仕方なく今回は海を諦めて、また水彩画を書いてみることにした。

 今回の被写体はこの灯台。さっそく書き始めたのだが、あっという間に不出来な下絵の一枚が出来上がった。どうも私の絵は大雑把で適当すぎるようだ。灯台の細部まで書き込む事が出来ずに何がなんだか分からないような絵になってしまった。あまりの不出来に破棄・・・ 改めて同じ絵をかき始めた。今度はちょっと真剣になって丁寧に書き始め、先ほどよりはだいぶマシな下書きが出来上がった。が、彩色の段階でまたいつもの悪い癖が出てしまい、また大雑把になってしまった。そのために、せっかく丁寧に書いた下書きが死んでしまった。うーん・・・ もっともっと、ゆとりを大切にして集中して書かなければ・・・ それを改めて思い、今日の絵画を終えた。

 この後は、のんびりと横になって、また水彩画の本を読んで勉強。が、やっぱり1時間もしないうちに、ポカポカした日に誘われて、睡魔に襲われる。そしてそのまま昼寝・・・ 約1時間ほど眠っただろうか、時間は2時半を差していた。もう、一眠りしようと思ったのだが、その前に帰りの船を時間を確認してみることにした。そんなのんびり行動だったが、時間をみてちょっとビックリ!この後に便は2つ、15時過ぎと、17時過ぎ、どちらの便にしようか迷ったが、17時過ぎでは夜がちょっと落ちつかなくなると思い、一便前の15時05分の分で帰ることにした。そうと決まれば時間があまりない!慌ただしく撤収準備。広げてあった水彩画セットを急いで片付けて出発、一直線で港を目指して進んだ。そしてなんとか、船の到着する前に港へ到着することができた。


壮大な風景


サバンナのよう?!


黒島灯台

 ほどなく船は入港し乗船、そして15時半過ぎには元の石垣島へと帰ってきた。そのままキャンプ場へ行く前に、夕食の買出しへ。さらに明日からの与那国での自炊を考えて、米やレトルト食を買いあさって今後に備えた。今日の夕食はジャガイモが安かったのでとりあえず購入、あとは缶詰のビーフを購入した。今まで旅中に、調理などしたことなかったのに、こうして少しづつ、自分で行おうと思い始めたのも、”あやっぺ”、”えせかつ”、”ネコ”たちのお蔭かも知れない。また、こうして落ち着いて自炊できるというキャンプ場があることも理由の一つだろう。


安い外国製ビーフ購入


夕食は
ジャガイモとビーフハム♪

 こうして食材を購入してキャンプ場へと戻った。そこで、まずしたことは洗濯。ほんとは今朝したかったのだが、洗濯機が込んでいて使えなかったために、この時間になってしまった。洗濯の間はのんびりまた読書。こうして「坂の上の雲」6巻を読み終えて、今度は以前に本島で宮武さんにお会いしたときに頂いた「海道をゆく6(沖縄・先島へのみち)」を読み始めたのだが、これが今この場の話だけに面白い。そして紀行文だけに自分のこの日記と重なる部分もあって勉強にもなって、もうやみ始めたら止まらなくなってしまった。そのため、夕食の準備はやや遅れて18時過ぎからとなってしまった。ジャガイモをゆでて、ベーコンハムを焼いたおかずで今日の夕食とした。最初はこのビーフが美味しくてたまらなかったのでが、中盤からは基本的に脂っこいのが苦手な私はこの肉をもてあましてしまった。やっぱり日本食が私にはあっている事を実感した。

 こうして夕食を終えて、またのんびりと今後の計画を見直したり、HP更新作業をしたりと夜を過ごし、23時ごろに就寝した。

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