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更新日時 03/03/09 7:03
本日のデータ
日付
3月 7日
天気
旅行日数
240 日目
体調
良好
本日の移動
 大根占町〜鹿屋市観光〜大崎町
走行距離
50.6 km   
現在地
鹿児島県大崎町
総走行距離
9684.5 km   
宿泊地
道の駅・くにの松原
今日の出費
食費
1792 円    
宿泊費
0 円    
観光費
0 円    
雑費
600 円    
経費詳細

 食費:自炊用食材含む
 雑費:温泉(300円)・ガスボンベ×3




またまた海軍資料館

 これで3度目の海軍関係の資料館の見学だ。1回目は忘れもしない広島の江田島海軍兵学校、2度目が知覧平和記念館、そして今回がこの鹿屋の航空基地資料館だ。どこも特攻に関しての展示は似ていて涙を誘うものがあり、また今の日本がこうしてあるのも彼らのおかげでもあることを実感させられる資料でもある。そして戦争の悲惨さを学び得るところだ。そんな資料館であるが、それにプラスして江田島では海軍の歴史についてしり、そして現在の海軍学生の姿に身近に触れたところでもある。そして今回この鹿屋では、歴史はもちろん、現在の自衛隊の歴史や現況の状態について展示説明されていたのには興味魅かれた。そして今の自衛隊のあり方について強く考えさせられた。


今朝も強風と格闘!

 そんな自分にとって有意義な時間を送った日の今朝は前日からの引き続き暴風に襲われていた。低気圧が過ぎたせいだろう、風は今までとは逆の西風となり、鹿児島湾からもろにこの浜へ打ち付けるような暴風が常に吹き荒れていた。そんな風に波しぶきなのか、雨なのかは分からないが、テントに風と共に水が時折、打ちつけられた。そんな状態でも意外と昨夜はよく寝れた。でも、起きてからはまた不安との戦いであった。

 今朝は5時半に起床。テントを必死で体全体で支えながらの日記の更新作業からスタート。さすがに昨日はなにも行動していないので、書く量は少なくあっという間に終了し、そして強風の中での必死の自炊で朝食をとって、そして難関のテント撤収作業。この強風で、一本支えのロープを外すと、テントがひっくり返り、そしてバタバタと大きく振れた。必死でもう一本の手でテントを飛ばされないように支えながら、一本一本ロープを外していくのだが、もうテントは暴れ狂い、よく壊れなかったと後々、感心するほどだった。こうして悪戦苦闘しながらのテント撤収だったために、早起きした割には出発は遅れて、8時半近くなってしまった。


最新鋭の自衛隊群の様子

 また、桜島から来た道を戻るような形で鹿屋市を目指した。海岸線沿いから徐々に逸れて坂を登って行き、登りきったところに広がっていたのが、「鹿屋航空基地」である。右手に広がる広大な敷地内には無数の軍用機が並び、異様な雰囲気に敷地内は覆われていた。ただ、沖縄で見た「米軍基地」とは全く異なっていた。あのような異国漂う雰囲気はなく、また塀の向こうには基地はあっても、そこには生活がなかった。米軍基地では軍設備はもちろん、巨大な塀の向こうには普通の家庭があり、そして公園では子供達が遊んでいる風景が伺えたが、でも、それは塀の向こうの世界で、同じ日本には見えなった。でも、この自衛隊ではなんとなく親近感があり、同じ日本だという雰囲気はあった。ただ生活の場から離れた軍設備と言う異様さはそこにはあった。

 そんな航空基地の片隅に建てられていたのが、「航空基地資料館」だ。ただ、片隅といっても敷地は膨大で、そんな敷地には数々の歴代の航空機達が展示されていた。ただ、それらの航空機の役目や歴史については、まだこの時には分からなかった。

 館内に入ってまず目を惹いたのは、たくさんの航空機、船舶の模型であった。現代のものから大戦、さらには航空初期のものまで、この館内のいたるところに精巧な模型が説明書きと共に展示されていて、それだけでも見応え十分であった。

 資料館はまず、日本の海軍の歴史から始まった。日露戦争、満州事変、世界大戦と事細かにその時点での航空機のあり方を説明してくれてあった。戦争事態は過去の他の資料館や小説でよく知っていた為に、再確認の資料ではあったが、この航空機に関してから見た満州事変前後の日本の対策や挑戦は知らないことばかりで、じっくり魅入ってしまった。さらには各所に映像展示も多々あり、航空機の立場から見た世界がそこには広がっていた。そして戦史の最後は、やっぱり大戦での特攻作戦についての展示。何度見ても辛くなるばかりで、今回はこれらについて、あまり魅入ることができずに早々に後にした。今までもう嫌と言うほど見てきただけに・・・

 これで終わりかと思いきや、まだまだ意外にも続いた。それは、自衛隊の発足から、その誠心、任務、そして現状の国力までをも展示された現代であった。この展示は今までにない展示コーナーでかなりの興味を誘った。今、自分が一番知りたいことでもあったためだ。ここで、今の自衛隊の歴史とそして活動の意義、誠心を学び見て、そして今の不安定な世界情勢での今後のあり方について深く考えさせられた。


たくさんの飛行機が展示


過去の使用艦がズラリ


資料豊富な
航空基地資料館


 こうして、約3時間半にも及んだ航空基地資料館の観光を終えた。自分でも館内を出て時間を確認してビックリしたほど、長時間この膨大な資料に魅入ってした。それほど自分にとって興味ある展示物であった。外の敷地内では先ほども書いたとおり、歴代の自衛隊航空機がずらりと並んでいる。館内を見てきて、これらがいつどんなときに活躍していたかがある程度見れるようになった。そんな航空機たちを見ながら敷地内を一周して航空基地を後にした。

 このあと向かったのが郵便局、ここで実家から送ってもらった小物を受け取る為だ。こうして度々、荷物を送ってもらっては、不要になったものを送っている。こうして家族の温かさを感じながら旅を毎日頑張っているのだ。そんな郵便局の近くにお勧めの料理店があるというメールを後藤さんから頂いていた。さっそくその「よかとよ」さんで昼食ランチ600円を頂いた。さんまの塩焼きに、なんと刺身までついてこの値段!大満足の食事であった。そんな「よかとよ」さんには、メールで教えて頂いた後藤さんのお兄さんが働いていると言う。さっそく聞いてみるとお会いすることが出来た。話を聞いてきたみたいで、いろいろ観光情報を教えて頂いたあと、最後は一緒に写真を撮ってもらって後にした。ありがとうございました。

 観光はまだまだ続く。この後は「鉄道記念館」へと行ってみた。資料では鉄道の歴史などが分かると言うことで楽しみにしていってみたのだが、内容は思っていたのとは違い、廃線になってしまった大隅鉄道についての遺品資料の展示だった。さらに残念だったのはその展示物には説明書きがなく、ただ看板や機材が並べられているだけで、なぜ廃線になったのか等にはまったく触れてなく残念な観光になったしまった。ただ、この館長さんは人柄がよくいろいろ旅のことについて聞いてきてくれたり、観光情報など教えてくれたりもした。ありがとうございました。

 気を取り直して、次に向かったのが「王子遺跡資料館」だ。必死で坂を上って行ったところなのだが、意外にここも展示物に惹かれるものは少なかったのが残念だ。それでも弥生時代の文化について触れる事が出来た。


海鮮Family「よかとよ」にて
後藤さんと♪


鉄道記念館


王寺遺跡資料館


 こうして鹿屋市ではこの3施設を観光して後にした。いろいろ勉強になることばかりで思い出の地ともなり、また全て入館無料!っということも嬉しい観光だった。このさきは、ほぼ真っ直ぐ、今日の寝床予定である「道の駅・くにの松原」を目指して漕ぎ進んだ。予想以上にあるアップダウンを越えながら、途中でパンを購入して馬力をつける。さらにスーパーで食材を補給して、そして道の駅へと16時半ごろ到着した。


道の駅・くにの松原にて

 まずは公園内の散策し、今夜の寝床の目星をつける。それからこの道の駅にある温泉へ久しぶりの入浴だ!気分も身体もすっきりして、その休憩室でのんびりHPの更新作業へと移った。でも、あまりにも長居するのも悪いと良心が働き、ちょっと奮発して、そのレストランの食事を頂くことにした。約2時間ほど作業しただろうか、のんびり日記を打っていると店員が来て、電源&PCはご遠慮くださいと注意されてしまった・・・ さすがに落ち込んでPCが出来ないならここに居る理由も全くなくなるので早々に退散。でも、その道の駅のロビー(ホテルも併設)で電源を拝借してまた続きを書いている。

 さて、今夜はこのあとこの道の駅、裏手の運動公園でテントを張ろうと思っているがどうなるだろうか・・・ では


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