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更新日時 03/04/26 20:13
本日のデータ
日付
4月24日
天気
曇のち雨
旅行日数
288 日目
体調
良好
本日の移動
 京都市〜伏見〜宇治〜枚方市
走行距離
0.0 km   
現在地
大阪府枚方市
総走行距離
12240.1 km   
宿泊地
よねっちさん宅
今日の出費
食費
556 円    
宿泊費
0 円    
観光費
1300 円    
雑費
1120 円    
経費詳細

 観光費:寺田屋・月桂冠記念館・平等院
 雑費:電車




初の電車の旅

 チャリダーなのに、今日から列車の旅♪今まで列車の旅には興味がなく一度もしたことがなかった。旅に出る前は車中心で、ほとんど乗ったことがなくひとりで乗るのはもう4年ぶりくらいになるかもしれない。それほど電車には乗ったことなくもうドキドキ!!でも、旅の中でいろんな路線、電車を見てきて、そして旅人を見てきて、列車の旅もして見たいな♪そんな風に思うようになった。今回は市街地の列車の旅となってしまい、やや落ち着きはないが、でもこんな生憎の天気、そして遠距離の大阪方面の観光とあって、よし!列車だ!っと緊張しながらお世話になっている古橋さん宅を出発した。


ドキドキの電車旅

 ちなみに今朝は6時半起床。もういつもどおりHPを朝から進めて、またも終わらせきれずに、古橋さんの会社へと10時半ごろ送ってもらった。そして、四条烏丸まら初めての旅がスタートした。ほんのちょっと前まで、新幹線は特急券を別個で買わないといけないのを知った私、さらには、急行と普通、それらがみんな同じ料金で普通の乗れることも最近知ったほど電車音痴の私だけにもうドキドキ、そして初めての経験だけにワクワク楽しくもあり、まずは伏見桃山へと向うべく、京阪線の駅まで歩く。今日は一日この路線だけの利用なので列車レベル的に低いのだろうが、それでも無事にいけるかどうか心配しながら、何度も路線を確認し、そして緊張の一瞬!自動改札に切符を通す。なにかエラーが出そうでこれが怖い(汗) 無事にそんな関門を乗り越えたと思ったら、今度はホームの選択、反対に行っては大変とこれも何度も読み直した。そして後は快速、急行、と間違わないように普通列車に乗り込んで、伏見桃山へと列車は走った。おお!♪快適快適♪混雑感もなくホッとする安らぎの空間がそこにはあった。外を流れる景色は市街地ばかりだが、これがもし海などの大自然だったらほんと幸せあろうなと思いながら、外の景色を堪能し、そして乗り越さないように注意し、そして無事に伏見桃山の地へと降り立った。嬉しさのあまりここで写真を一枚♪


伏見の龍馬通り

 よしさっそく観光スタートだ!自転車と違い、今日は駅からの観光スタートなので、地図や案内所マップがあったりと散策しやすい。そしてなによりこうして気兼ねなく歩いてアーケード街などの人ごみの中を散策できるのが嬉しかった。こうして向ったのは龍馬通り、ここ伏見は坂本龍馬ゆかりの地のために、龍馬で盛り上がっていた。そんな龍馬一色の通りを抜けると、もう前々から楽しみにしていた「寺田屋」、もう幕末が好きなだけに、迷わず中を見学して、龍馬や薩摩藩たちの姿を思い浮かべながら、情緒あふれる旅籠(旅館)内を楽しんだ。

 寺田屋:江戸時代、淀川の水上交通の要地だったところに立つ船宿で、主に幕末は薩摩藩が常宿としていたそうだ。動乱期だけに時間も相次ぎ、薩摩藩による「寺田屋騒動」も勃発。同じ藩同士がここ寺田屋で切りあうという悲惨で、そして大きな事件だ。また龍馬も常宿として利用しており、ここで働くお竜と恋に落ち結ばれた。そんな龍馬もここで幕府方に襲撃されれ、そんな時に助けてくれたのがお竜であった。危急を風呂に浸かっていたお竜が先に察知して、裸で階段を駆け上がって龍馬に急を伝えたという。そんな階段、風呂、さらには泊っていた梅の間まで今もそのまま残されていて幕末好きなら見所いっぱいのところだ。余談だが最後に、この事件で負傷した竜馬は療養を兼ねて、鹿児島へお竜と新婚旅行へと出かけた。


龍馬なじみの旅籠”寺田屋”


庭にある龍馬像と碑


幕末・寺田屋騒動


寺田屋内には
龍馬がいっぱい


お竜が駆け上がった階段


お風呂



工場内には名水も!
さすが伏見


酒造記念館内にて

 また庭にも、お竜やお登勢さんの碑が建ち、そしてもちろん龍馬も碑と銅像も置かれてあり、当時の幕末を偲ぶことができた。このあとは市街を散策、千石船走る濠川、そしてその周囲は白壁土蔵の酒蔵と柳並木で覆われ、今も伏見では情緒をふんだんに残していた。またこの伏見一帯は名水がいたるところにが湧き出ている。そんな名水からここらあたりは酒造が多く、また幾つもの建物が今も現存し、町に趣を作っていた。その中の一つ、月桂冠大倉記念館へと入館してみた。

 まず手渡されたのが180ml月桂冠!さすがと思いながらも、これで今晩お世話になる阿蘇で知り合った酒飲”よねっち”によいお土産が出来たと喜びながら見学へと向った。実際の工場見学は残念ながら見る事はできなかったが、でも豊富な酒造工程の展示で分かりやすく紹介されていた。また入ってすぐ、名水が迎えてくれるようになっていて、さすが伏見!そして酒造!そう思わせる演出が良かった。


のんびり流れる伏見・濠川


伏見・月桂冠・大倉記念館


並ぶ酒造工場

 記念館を後にして、のんびりと伏見の商店街を抜けて中書島駅へ。また京阪線に揺られて今度は宇治の町へと降り立った。もう電車はばっちり!♪電車の中で仮眠までとるほど余裕な様であった。降り立った伏見では小雨のお出迎えとなってしまったが、でもそのすぐ前を流れる雄大な宇治川の流れと、そして宇治橋。そんな情緒ある温かい出迎えに、逆にこの雨の景色も悪いもんじゃないな♪そんなことを思いながら宇治橋を越えて、あの10円玉で有名な平等院へと向った。

 参道を歩くと、さすが宇治と言わんばかりの宇治茶が所狭しと店先に並び、試飲を呼びかける声で盛んだった。また、茶店も多く、お茶の宇治、そんな印象が強く残る参道であった。そして寺へと入館して、10円玉の建物をさっそく眺める。さすが平等院!(鳳凰堂)。その美しい姿に一目ほれてしまった。でも悔しかったのが、この辺り見渡せばどこも見事なもみじの木ばかりで、それらが青々としていることだった。見事な木だけに悔しく、紅葉に季節に次は絶対来るぞ!そう思わせる見事なもみじが続いていた。ちなみにこの平等院内も拝観できるのだが別料金で500円。見てみたかったが、でも、もう外観だけで満足していたので、そのまま隣接された資料館へと入った。館内は鳳凰堂内を建設当時を再現したビデオに始まり、そして国宝の数々が並べられていた。どれもこれも見応えある素晴らしいものばかりあった。

 帰路は平等院を裏側から見学。屋根の上にはこの鳳凰堂の由来にもなった鳳凰一対が小さいながらも迫力ある姿を見せていた。駅までは橘島を経由して宇治川を渡る”朝霧橋”を越えて、美しい雲と霧で覆われた水彩画のような景色を堪能しながら、また電車へと乗り込んだ。

  宇治橋:大化2年(646)、官制によって架けられたと伝えられている歴史長い橋で、奈良と近江を結ぶ交通の要にあったことから、度々歴史の舞台に登場してくるところだ。有名なのが源義経と義仲の合戦だろうか?馬で激流を渡る姿が橋の袂に描かれていた。ちなみに写真の橋は平成8年に改修された橋だそうだ。ただ景観だけは大切にし、損なわれていないのがよかった。

 平等院:1052年に関白・藤原頼道によって開創され、鳳凰堂(国宝)はその翌年に阿弥陀如来(国宝)を安置する為に建てられた建てものだそうだ。この堂内には美しい壁画や彫刻がなされ、また安置されているたくさんの菩薩群などここは国宝の嵐で見応え充分なところであった。ただ、先に書いたとおり、堂内の入館を諦めてしまったので、あとあとちょっと悔しい思いをしてしまった。ちなみにもちろんここは世界遺産に登録されている。最後に余談だが、隣には鳳翔館という資料館が建てられていて、景観を損ねないように地下構造となっていた。


交通の要衡である宇治橋


平等院(鳳凰堂)・・・


10円だー!!


鳳凰堂の屋根には
もちろん鳳凰が


朝霧橋


水墨画のような宇治川

 次の電車の下車へ駅は”八幡”。こうして下車するたびにお金が掛かるのが痛い。一気に京都から飛んでも料金はほとんど一緒なのが悔しい。もう本格的に降り出してしまった雨の中、八幡駅から向った先は、飛行神社。ややマイナーなところだが、資料館も併設されているとの事で神社へと入ったのだが、パンフレットでは16時までとの事なのに、もう閉めているではないか!慌ただしく片付けを進める館長さんらしき人に聞くと、今日は用事があるために早めに閉めるという。もう、申し訳なさそうに頭を何度も下げて、片付けを進めていた。悔しくはあったが、諦めるしかなく、参拝だけして、今度は石清水八幡宮へと向った。

 雨の中、長い長い石段をひとつひとつ上って行く。そう小さな山の頂にこの日本三大八幡の一つ石清水八幡宮があるのだ。こんな雨の中、さらには長い石段の参道が続くところに人と出会うわけなく、静かな道をひとり黙々と登りきると、徳川家光造営の本殿が出迎えてくれた。フーっと一息つきながらさっそく参拝。そして帰路はなぜかこんなところにエジソン碑。それが気になって立ち寄ってみた。説明を読んで見ると、なんとここの竹が電球のフェラメントに使われ、発明に一役かったそうだ。日本の竹が使用されてたという話は聞いたことあったが、まさかここの竹とは!ちょっとビックリ発見であった。

 飛行神社:日本で始めて飛行機を発明した二宮忠八が大正4年に創立。全国の航空殉死者の霊を祀っているところだそうだ。また隣接された資料館では、そんな二宮氏の開発した模型飛行機が展示されているそうなのだが、入館出来なかったのだが悔しい(T_T) ちなみにこの模型飛行に成功したのはライト兄弟よりも早く、次期作の設計まで出来ていたそうだが、資金不足で、製作できずに、軍部にも協力を求めたそうだが、用いられずに製作できないまま、ライト兄弟の初飛行成功を迎えてしまったそうだ。歴史にifがあり、軍部が協力してればライト兄弟よりも早く初飛行にこの日本人が成功していたのかもしれない・・・


えー 閉館?!
(飛行神社にて)


石清水八幡神社


八幡神社の説明


八幡にはエジソン碑


エジソン碑について


再会!!”よねっち”と!!

 こうして八幡の観光を終えた頃にはもう17時をまわっていた。また電車に揺られて今日お世話になる、そして久しぶりの再会となる”よねっち”宅へと向った。ちょっと私にとっては高度な技術となる、電車の乗り継ぎを無事に通過して、そして交野駅へと降り立った。ここで待ち合わせ時刻まで、本屋で立ち読みしたり、また、進まなく溜まってしまいつつある日記を進ませたりした。

 19時頃、”よねっち”と阿蘇の正月以来の5ヶ月振り近くなる再会!阿蘇ではみんなで飲み騒いだだけにそんな思い出が込み上げてくる。自宅で夕食、そして楽しい団欒♪今回もあったかい家庭で楽しく過ごし、そして夜は久しぶりに”よねっち”とお酒を交わし、会話も弾んだことからお酒も進みお互い飲みに飲んだ!そして気持ちよく翌日の2時ごろ就寝した。

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