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更新日時 04/07/02 12:13
本日のデータ
日付
5月 1日
天気
旅行日数
295 日目
体調
良好
本日の移動
 近江町〜関ヶ原町〜伊吹町
走行距離
38.9 km   
現在地
滋賀県伊吹町
総走行距離
12470.8 km   
宿泊地
伊吹山山麓(登山口)
今日の出費
食費
1009 円    
宿泊費
0 円    
観光費
700 円    
雑費
0 円    
経費詳細

 観光費:柏原宿歴史館・不破関資料館・関ヶ原町歴史民族資料館




1日の距離

 快適な車の中で、昨夜は気持ちよく飲ん爆睡。そして昨日の悪天とは打って変わり、強い日差しで目が覚めた。窓の外を覗くと信じられないほどの快晴で、気持ちいい朝だった。でも、そんな朝でも今日もやっぱりHPの更新作業。もう日課にはなっているが、でも辛い日課である。こうして友達が遊びに来ているときくらい、のんびり遊びたい!そんなことを考えながらも、でも、自分の決めたことと言い聞かせ、今朝もパソコンと向き合っていた。

 朝食は近くのコンビニで購入。でも自分は昨夜、つまみ用にと買った餃子(3人前)が、食べきれずにまるまる残っていたので、それを頂くことにした。他の2人は「えー!朝から餃子?!死ぬぞ!」などと言われてしまったが、自分はそれほど違和感はなく、逆に、朝からこんなに豪華でいいのだろか?そう思うほうなのだが・・・ これも旅の影響かな?!口の中はピリピリ、そして胃の中はムカムカ、さすが、ご飯もなしにひたすら餃子を食べただけにそんな状態になってしまったが、でも「幸せ〜♪」そんな気分であった。

 昨夜の冷え込みとは対照的に、今日はまだ日が昇り始めたばかりだというのにポカポカ暖かい。昨夜出来なかった椅子をだして、野外で朝食を頂いた。こうして地元の友達といると、なんだか地元に帰ったようで、とても今自分が旅をしているとは思えないほどだった。友達と楽しみそして自宅へ帰る、そんな当たり前のことがこのあと訪れそうな、そんな感じではあったが、でもまだまだ旅は中盤、そんなことに改めて気付かされた。でもこうして地元のことを思い出すが、でも今は帰りたいとは思わない。正直いうと帰りたいかもしれないが、でも帰るということが考えられない。自分が出発するときに決めてきたこと、それを遣り遂げなければ、とても今のような中途半端な状態で帰るというのが考えられなかった。よくよく考えてみれば、ここから必死で一日漕げば、その日のうちに家まで帰れる距離まで来ていた。でも、何度も書くが、今、日記を書いていて初めて「1日で帰れる距離」というのを意識したし程度で、それほど”帰る”ということについては今は考えられない状態であった。


朝から餃子でーす♪
左:大久保


もう一枚写真♪
右:宏昌


差し入れ!!
静岡名物・安倍川餅
浜名湖名物・うなぎパイ

 このあと来てくれた公雄&宏昌が関ヶ原辺りまで一緒についてきてくれることに♪遅い自転車の私は一足先に、まずは最初の待ち合わせ場所と決めた”中仙道・柏原宿”へと10時半ごろ出発した。さっそく明日登る予定の伊吹山が前面に顔を出す、快晴の最高のスタートであったが、でも、出発早々、今からそんな山へ入るというのに、その為の買い忘れをしていたことを思い出し、慌てて道中で見つけたスーパーやコンビニで、2kgのお米とガスボンベを探すがそれがなかなかなく、またあっても高い!そのため、ここぞとばかりに友達にお願いし、買ってきてもらった。ほんと助かりました♪

 そんな買い物をしてもらっていたので、自分の方が早く”柏原宿”へと到着した。友達は歴史には興味がないので、ここは追いつかれる前にと、ちょっと慌てて柏原歴史館へと入館。ビデオコーナーもありやや見学に時間が掛かったものの、時間はばっちり!ちょうど出てきたときに友達は到着した。今度は不破関で待ち合わせ!そしてさっそくお互いに出発した。なんだかこうして会うのがチェックポイントみたいで、スタンプラリーをしているようだ。そんな楽しさを感じながら、また中山道を上って行き、不破関へと目指した。

 中仙道・柏原宿:中仙道の宿場町のなかではかなり大きなほうのこの宿場町の歴史や文化について館内では紹介されていた。要所になるらしい場所で、戦国期に大名が宿営していた寺院が今も残っていた。また明治天皇もここで休まれたそうだ。またこの宿場町では旅の疲れを癒す為”もぐさ店”(灸)が10件近くあったそうだ。今は亀屋佐京もぐさ店の一軒しか残ってないが、そこは340年の歴史を誇る老舗であった。店内には宣伝用の大きく、そして愛嬌のある福助さんが飾られていた。


公雄の愛車
グランビア前にて


目指す伊吹山がうっすら


中仙道・柏原関資料館


柏原資料館内にて


創業340年!もぐさ店

「福助の写真」

HPの公開は禁止されているため実際に見てのお楽しみ。
もぐさ店のマスコット

 不破関は関ヶ原内にある。この関ヶ原、よく雪のために通行規制がかかっているニュースをよく聞く。よほど標高が高いのだろうか?そう思い、気合を十分入れて上り始めたのだが、これがほとんど上ることなくあっさりと到着した。こういう誤算は嬉しい。到着するとさすがにもう友達は到着していた。こうして待っていてくれる人がいるというのは、ほんと嬉しく安心感がある。もちろん漕ぎ進むのが楽しくなる。そんなちょっとした支えのある気持ちの問題が大きいことを感じた。


3人で不破関資料館にて


お別れ前に・・・

 この不破関には、関の復元こそなかったが小さな資料館が作られていた。料金が安かったことからみんなで入館。この関の歴史は古く壬申の乱の672年までさかのぼる。私は戦国以前のことについては知識が乏しく、なかなか内容がつかめなず、でも、だからこそ知ろうとビデオまで見させてもらったが、結局、話の内容がつかめないまま終わってしまった。うーん・・・ 難しい(汗)

 見学を終えてここで友達とお別れ・・・ 寂しいが来てくれたという喜びのほうが大きく、実家へとゴール予定の今年の12月、またお互い元気で会えることを約束してそれぞれ出発した。ありがと!♪

  不破関:壬申の乱後、不破道の重要性から701年に制定されたところだそうで、当時、東海道の伊勢鈴鹿関、北陸道の越前愛発関とあわせて「三関」といわれていた。

 この関ヶ原!そう言われて誰もが思い浮かべるのが”天下分け目の決戦・関ヶ原合戦”だろう。そんな史跡を今日の残りの時間、歩いてみようと思う。不破関で頂いた”関ヶ原散策マップ”を手に、いろんな大名の陣地跡を訪ねた。時には丘の上にあり、また大地の真っ只中にあり、そしてそれに向き合って陣取る敵陣。実際に目で見てまわるとその様子が分かりやすかった。また、途中、関ヶ原歴史民族資料館にも立ち寄った。名前からすると、関ヶ原の文化や全体の歴史まで紹介していそうだが、館内は関ヶ原合戦一色出あった。その豊富な資料さにやっぱり見入ってしまい、ここではかなりの時間を費やした。

 東軍、西軍両軍の本陣跡も見学。西軍に石田三成本陣から見下ろす関ヶ原は、街道筋はもちろん、すべての陣地が見下ろせ、その大地を山々が囲んでいるのが手に取るように分かりやすかった。そんな山々に建ち並ぶ鉄塔がまるで陣旗のように見えた。

 関ヶ原:戦国時代の総決算ともいえるかもしれないこの合戦は、日本を二分し、西は石田三成(豊臣派)、東は徳川家康の合戦!1600年、両軍合わせて15万以上の兵馬が朝8時より激突!正午頃までは一進一退を繰り返していたが、午後には西軍の小早川秀秋の裏切りにより一変、西軍は一気に崩れていき、午後3時には決した。この時の退却劇で、島津維新が敵中中央突破を果たし戦域を脱したのは有名な話だ。


関ヶ原古戦場!


東軍・徳川家康陣跡


関ヶ原町・歴史民族資料館


武者に変身!!


西軍・石田三成陣跡


石田三成陣から
関ヶ原を見下ろす

 こうしてたんさんの関ヶ原の陣地をまわって、そして今日の最後の目的地、明日の伊吹山登山に向けての、その登山口までと出発した。目指すは伊吹山スキー場で、そこまではほとんど上ることなくすんなり到着。あまりの楽さに拍子抜けしてしまうような感じではあったが、その分、明日の登山が大変ということでもあった。間違いなく標高差1000m以上あるだろう。登山口から見上げる伊吹さんは雄大で、とても1400mも満たない山には見えなかった。この伊吹山、スカイラインが走っていて、ほぼ山頂まで車でいける山で、普通なら登山といえないほどの山なのだが、もちろん私の場合は登山を楽しむ為に下から登るのだが、道中、花の100名山だけにどんな植物との出会いがあるか楽しみだ。また薬草のやまでもあり、古くは戦国時代に信長がこの山で薬草を栽培したという話が残っているのそうだ。

 そんな山を見上げながらスキー場の駐車場にテントを設営して、夕食を自炊、日課のPC作業と進めるが、最後は集中力切れで22時頃、日記を今日も途中にしてしまって就寝した。


明日登頂する伊吹山


登山口からの夕日


朝日新聞・滋賀版

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