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更新日時 03/05/03 8:16
本日のデータ
日付
5月 2日
天気
旅行日数
296 日目
体調
良好
本日の移動
 伊吹町〜伊吹山登山〜長浜観光〜伊吹町
走行距離
30.6 km   
現在地
滋賀県近江町
総走行距離
12501.4 km   
宿泊地
道の駅・近江母の郷
今日の出費
食費
451 円    
宿泊費
0 円    
観光費
700 円    
雑費
500 円    
経費詳細

 観光費:鉄砲の里資料館・長浜歴史資料館
 雑費:長浜温泉




快晴!伊吹山

 「快晴だ〜!」、5時とちょっと早起きして外を覗くと青空がさっそく広がっていた。これは最高の登山日和?っと山頂の方に目をやると・・・ 山頂だけ黒く厚い雲に覆われていた。登頂までに晴れてくれよ!!っと願いながらさっそく今朝も自炊&日記作業から始まった。

 早起きしたおかげで思っていたよりも早く出発できた。7時35分、山麓・観光案内所前を出発した。ここは最初からきつい勾配ではあるが、でも足取りは軽くどんどん登っていけた。さすがGWともあって、こんな早朝からでも登山者は多く、時にはもう下ってくる登山者にもすれ違った。最初は行きよいよく進み始めたが、だんだんの足のふくらはぎが痛くて辛くなってきた。こんな状態でのぼれるのか?!そう疑問を抱くほどの痛さ・・・ 道はスキー場の中、急でなんの凹凸のない斜面では足首で踏ん張ってしまう分、どうしてもふくらはぎに負担が掛かってしまう。初盤はそんな痛さに悩まされながら少しずつ標高を稼いでいった。

 スキー場の山頂付近に近づくと傾斜は緩やかとなり歩きやすくなる。また足のほうも登山に慣れてきたおかげもあって、先ほどの痛みはすっかりなくなり軽快そのもの♪青空の下、そのあとはウキウキ気分で登っていけた。ただ、見上げる山頂が雲がだいぶ晴れてきたとはいえ、まだ雲の中であるのが気になった。


スキー場の草原を登る


ゴンドラ終点より
山頂はまた雲の中


五合目!♪

 5合目、7時40分通過。ここから先はさらにスピードアップ。急いでいるつもりもないのだが、足取りが軽くて、そしてあまりの気持ちよさにどんどん足が進んでいてしまう。それでも、息はそれほど上がることもなく、楽しく登ることができ、ハイキング♪そんな感覚であった。終盤ともなると、さすがに道はガレ場へと変わり、勾配もまたきつくなってくる。だが、もう足は充分温まっていたためにその辺も苦もなく一気に山頂まで登りきった。雲はいつの間にか晴れ、最高の山頂が迎えてくれた。9時25分、今回も無事に登頂♪朝まだ早めのせいか登山者はまばらで静かな山頂を独占することができた。他の中部のアルプス達と比べて、この伊吹山はどうしても標高の低さ(1377m)から山への期待が少なかったが、こうして山を見上げてきて、そして登頂してみて、そのよさを肌で感じることができた。伊吹山独自のよさがやっぱりあり、そして標高こそ低いが独立峰のおかげで展望は最高!♪そして山頂では広々とした草原が待っていた。

 山頂を周遊してそしてベンチでおやつを頂く。昨日頂いた私の地元、浜名湖名物「うなぎパイ」を、眼下に僅かに見える琵琶湖を眺めながら頂いた。温かい日差しを受けながらまさに山頂でまさに極楽気分を味わった。


なんの花だろう


山小屋並ぶ山頂の様子


山頂の高原を歩く


昨日頂いたうなぎパイを
ここでいただく♪


北側の展望!


伊吹山頂の碑

 10時10分、山頂が慌ただしくなってくる前に下山へ。だんだんと天気が良いこともあって人でここも賑わいだした。登山者も多いが、なにより多いのがマイカーで山頂直下までやってくる人達でり、逃げるように下山していった。下山も気持ちよく下っていった。登る時にはそれほど目に入らなかった眼下の美しい世界を見下ろし、そして振り返ると、先ほどは見ることができなかった、雲がまったくかかっていない、晴れ渡った伊吹山が物凄い貫禄で迫っていた。


琵琶湖は霞んで見えず・・・

 下山時の時刻はちょうど登山者のピーク。絶える事なくどんどんたくさんの登山者が登ってくる。そしてだれもが「えっ!もう登ってきたの!!」と口を揃え言うが、でも、早朝から登っているので当たり前の結果でもある。そんな中で、ある大学生グループだろうか、もうヘトヘトになりながらも頑張っていたのだが、ここでも同じような会話から話が始まった。そしてなんと「また一緒に登りませんか?!」っと声をかけられた。体力もまだまだ有り余り、さらに女の子からの誘いとあってグラグラと思わず来てしまったが、でも、また登るのも・・・ このあと長浜も観光したいし・・・ 一瞬返答に困ってしまったが、結局、「頑張ってください!」っと見送った。「爽やかな顔して寂しいこというなぁ」っと、つぶやきながら去って行った。うーん・・・ ひとつの出会いを自分から失ってしまったようでちょっと後悔もしながらこのあとさらに下っていった。

 いつもの登山で出会う人、ほとんど年配の方ばかりなのだが、今日はGWという関係からか、また山の親しみから来るものなのか、他にも親子で、カップルで、そして女性グループなど、たくさんんの方々とすれ違いあいさつを交わした。こうしたいろんなたくさんの方に親しまれ楽しんでもらえる山も久しぶりで、伊吹山のよさをこんなところからも感じることができた。


でも、最高の晴天!!


帰路は美しい姿を現す


スキー場の草原



古戦場・姉川の戦い


姉川の戦いの説明

 11時半、無事に下山した♪このあとは休む間もなく、さっそく長浜市観光へと出発した。まずは郊外にある”姉川の古戦場”、”鉄砲の里資料館”と見学しながら徐々に市街へ。街中ではまずは郵便局を探した。実は先日の京都でお世話になった”古橋”さん宅に乾電池充電器を忘れてしまい、それを局止めでこの長浜に送ってもらったのだ。ほんとお世話になり、そしてご迷惑までかけてしまった。すいません(汗) ありがとうございました。

 姉川の古戦場:信長・家康連合軍VS朝倉・浅井連合軍の戦いで、これにより信長の天下盗りを決定付けた戦いでもあった。最初は朝倉・浅井勢優勢で、信長の陣が危ないところまで追い込まれていたが、家康軍の活躍で、朝倉を撃破し、形成を一変させたそうだ。この戦いにより、三河武士団の強さ天下に見せ付けた。ちなみに今の古戦場には小さな碑と看板が建つのみであった。

 鉄砲の里資料館:国友と呼ばれるこの地、種子島に鉄砲が伝わり、その後さほど遠くない時期にすでにこの国友で信長、秀吉の保護を受け、鉄砲製造が始まったという。さらに、その後も家康の保護も受け、幕府領として、鉄砲の生産を任されたそうだ。最盛期は江戸初期で、とくに大阪の陣の時は大いに賑わい、そしてその国友の鉄砲の地位を不動にしたという。だが、その後の太平で衰退し、鉄砲鍛冶士は花火職人などに転向していったという。そんな歴史をこの長浜郊外の国友の地に立つ資料館で小さいながらも詳しく説明されていた。


 こうして装備も揃って、今度は買い物したり、荷物を送ったりと事務作業をして、いよいよ本格的な観光スタート!、まずは長浜を知ろうと、駅前へと行ってみた。そこでまず迎えてくれたのは”秀吉と三成の像”まさかこの姿が再現されていようとは!っと思わされるお茶を入れる三成の姿であった。地元ではかなり有名な姿なのであろうか、ちょっとマイナーな像の姿に驚いた。

 秀吉と三成:この2人の出会いにはエピソードがあるのだが、せっかくそのエピソードを再現した像なのに、説明がまったくないのが残念であった。その出会いとはやや自分も記憶に自信がないのだが、たしか、羽柴秀吉(後の太閤)が寺で疲れて休んでいたときに、その寺小僧が茶を出してくれた。1杯目が薄く飲みやすい茶を、2杯目はやや薄め、そして最後は、濃い渋い茶へ、そんな心遣いに秀吉は惹かれて、この三成(石田三成)を小姓として迎えたそうだ。そんな出会いのエピソードをこの像で再現されていた。


鉄砲の里資料館


秀吉と三成の像


長浜の町並み

 駅前には予想通り、観光案内所があった。ここでさっそく情報収集。案内所のおばさんはどうも説明に頼りないところがあったが、一緒に話し込んでいた友達であろうか、その方が分かりやすく長浜について説明してくれた。こうして情報を得てまず向った先は町の中心街である黒壁スクエアと呼ばれる、主にガラス工芸店が立ち並ぶ城下町だ!その残る町並みにまず驚かされた、さらには観光客の量にも驚かされた。こんなに長浜が趣ある町と知らなかっただけに、その魅力に吸い込まれ、またその中心から外れても、趣きある町並みは至るところに残されているのには驚いた。今はGWとあって賑わっているが、普段は情緒あふれる昔ながらの町なんだろうな、そんな時に今度は着て見たいな、そんなことを思いながら中心街を後にした。

 この後は、日本で一番古い現存する駅舎”旧長浜駅”、そしてすぐ前の慶雲館を見学。そして最後に今日の最後の観光を締めくくるのは、もちろん長浜城!市民の熱望によって昭和58年い建てられたこの歴史観へとさっそく入館しその長浜の歴史を学んだ。

 旧長浜駅:明治15年、北国線の始発駅として建てられた最初の長浜駅である。今では日本で残る一番古い駅舎として、また当時の文明開化を伝えるイギリス式の建物として、鉄道資料館と共に展示公開されていた。ただ、今回は時間的、金銭的に入館を断念し、外からその様子を楽しみだけにした。
 慶雲館:明治20年に建てられた建物で、命名は伊藤博文公だそうだ。建物を立派だが、その庭園も目を瞠るものがあった。嬉しいことに無料で庭園内を散策することができることであったが、ただ館内には入れなかった。

 長浜城:秀吉が治める以前からこの地には砦のような城はあったそうだが、この名が世で有名になり始めたのが、また信長の家臣であった秀吉がこの北近江を治め、そしてこの長浜城を築城してからだそうだ。信長死後、秀吉vs勝家の賤ヶ岳合戦では軍事拠点とした城でもあったが、後に衰退し、その後は彦根城に役割を譲ったという。


長浜の町並み


日本で一番古い駅舎


慶雲館

 こうして長浜の観光を終えて、今日の慌ただしい疲れを癒すべく、長浜城公園内にある”国民宿舎・豊公壮”で長浜温泉に入浴♪これがもう登山の後ということも重なって気持ちがいいこと!!ここでは時間にも余裕があったことから、のんびりと寛ぎ疲れを癒した。


長浜城


門野さんが
また遊びに来てくれる♪

 さて、あとは寝るだけ、そのための寝床探しだ。その前に目星をつけていた、この豊公園を再散策してみると、東屋もあり場所的にはかなりよいところであったが、悔しいことにどこを探しても電源が確保できない・・・ 今日、電源が底を尽き始めているだけにどうしても確保したく、結局、最後は一昨日に泊った道の駅・近江母の里まで戻ることにした。距離にして5kmほどでさほどの距離ではないが、そんな体力面よりも、戻るという行為の方が悔しかった。

 道の駅に到着すると、すぐに1台の車が入ってきた。神戸の門野さんだ!実は今日の夕方に「よかったら一緒に夕食どうですか?」っとお誘いが入り、この道の駅で合流したのだ!さっそく、アウトドア大好き夫婦の誘いで、テーブルを広げて宴会♪さすが、門野さん!っという荷物の量で、もうアウトドア用品はなんでも出てきた。さらに車のリアには自転車2台、上にはスキー板と、さらにカヌーまで・・・ この連休を満喫しようと、また臨機応変にいつでも予定を変更したりして楽しもうという、その装備内容であった。どれもこれも自分の興味あるスポーツだけにそんな話で盛り上がり、いつより早く今日は酔っ払ってしまい、睡魔に襲われてしまった。

 22時頃、門野さんは明日を楽しむべく出発し、そのあとすぐにテントを設営して気持ちよく就寝した。最後に門野さんからたくさんの行動食等の差し入れを頂いた。ほんとにありがとうございました♪

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