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更新日時 03/06/12 20:06
本日のデータ
日付
6月 7日
天気
旅行日数
332日目
体調
良好
本日の移動
 新潟市〜新発田市〜関川村
走行距離
82.8 km   
現在地
新潟県関川村
総走行距離
14513.3 km   
宿泊地
道の駅・関川
今日の出費
食費
3878 円    
宿泊費
0 円    
観光費
800 円    
雑費
2854 円    
経費詳細

 食費:米、登山用自炊食含む
 観光費:旧県知事公舎記念館・ふるさと会館
 雑費:靴下×4足・小説




不安

 「やってもうた・・・」 ほんと自分はどうしようもない奴である。反省のしようもないミスをしてしまった。今はただ過ぎてしまったことだけにどうしようもなく、ただひとり自分のこのやり場に困り果てている。その出来事はつい先ほどおこった。今夜の疲れを癒すべく、また明日からの2泊3日の登山への鋭気を養うべく温泉へと入浴し、その休憩室で必死にPCに向って日記を打っているときだった。一日の日記でさえ、いつもなかなか書き終えれずに翌日の朝へと持ち越してしまうのに、今日は昨日の分を翌の夜までそれを延ばしてしまっていた。それでいて、明日から登山の為に早朝出発が要求され、とても朝は書けない。さらには登山中の3日間は更新できず、そのためにこれ以上溜めるわけにはいかないと必死で食事の時間さえ惜しみ、食事抜きで溜まった日記にこの休憩室で没頭していた。この浴場が閉まる10時までには全て終わらせなければ!そんな思いで、1秒すら惜しんでいた。そんな状況下だったために、今日昼間までは気にしていたことをすっかり忘れてしまっていた。それは”ラジオ生出演”、もうこればかりは、自分だけの問題ではないだけにもう今、人に顔を合わせられる常態でないほど自分のやり場に困っている。布団の中にいつまでも潜り込んでいたい気分だ。そしてそんな自分が恥ずかしく、また情けなくてたまらない。ラジオを楽しみにしていた方々、そしてラジオ関係者のみなさま、ほんとうに申し訳ありませんででした。

  今夜のこの出来事で、もうすっかり今日の一日の出来事が今、抜けてしまっている。「今朝は、・・・」と書きたいところだが、まだまだ、この反省ばかりを何度も何度も書きたくもあり、そのことによって、自分をどこかへと逃げれるのではないかと思ってしまっている。ただ現実は過去のことだけにどうすることもできない。ただ、もう同じ事を二度と繰り返さないようにするのみである。まあ、いつまでも気にしていても仕方がないので気を取り直して日記に戻ろうと思う。

 「イッチニ!イッチニ!」、「オッス!」、そんな威勢のいい掛け声で目が覚めた。まるでテントのすぐ脇で叫んでいるかのようであり、でも外をソッと覗いてみると誰もいない。遠くに目をやると、どうやら隣のグランドで中学生だろうか、朝の練習に励んでいるのが見え、そしてよぷやく自分が運動海浜公園で野宿したことを思いだし、そして土曜日だということも同時に肌で感じることになった。

 6時に起床。すぐテントをたたみ、まずは自炊、そして昨日の日記の続きといきたかったが、どうもやる気力が起こらず、またバッテリーもちょうど1本目が尽きていた。結局、起動してもすぐに終了せざるえなく、このまま今朝はもう起動させることはなかった。なんだか自分でも不思議なくらいなにもやる気がしない。それでいて、何かやらなきゃと焦ってもいる。たぶん、今日の1日の目標とも言うべき目的地が未だに決まっていないからだろう。元々の予定なら、この新潟市を今日もゆっくり観光して郊外へとちょっと走って終了。そして翌日は飯豊山登山口へという予定であったが、この新潟市観光があまりに早く終わってしまった為に、予定が狂いだした。早く終わったらなら、そのぶんゆっくりすれば?と自分自身に問いかけもしたのだが、どうもジッとしてられない正確らしく、またこの旅が自分自身の中で”遊び”とは考えていない為に、そんな時間を必要以上には作りたくないという気持ちがある。そんなことからも、今日は頑張って登山口までいってしまおうか?そんな気持ちが沸いて来るが、ちょっと遠すぎる。かといって2日に割ると時間が空きすぎてしまう。そしてその登山口で野宿できるかと言う不安もあり、どうしようかと悩んでいた。さらにはこの登山では不安だらけであった。1泊2日でもきつい長いルート、そして全ての山小屋はまだ冬季閉鎖という逃げ場のなさ。水の有無、さらにはそれを実行しうるだけのザックが今はない。いや、無理やり今の35Lバックの外に寝袋等を縛りつけようと思っているのだが、実際に可能かどうか・・・ まだまだある。豊富にあるだろう残雪具合。雨具、登山靴の老朽化。靴はとくにひどく、中のかかと部は破れ、靴底はなくなりつつある。さらにはもう防水性は全くといっていいほどなく、雪渓に一歩踏み入れてしまえば、中まであっという間に濡れてしまうといった具合である。命を支える靴だけに買い換えたいが、かといって3万、4万もするだけに踏ん切りがつかない。それらの不安が、この難登山が近づいてきただけに重く圧し掛かってきた。これが普通の日本一周、観光だけの旅ならどれだけ楽か、峠や登山口など秘境の地で野宿することもなければ、またこのような難ルートもない。そんな旅を羨ましく思いながら、そしてこんな旅を始めた自分を憎んでしまっていた。でも、かといって辞めてしまう気にはならなかった。どんなに難ルートでも、どんな壁でも挑戦だけはしようとおもうし、自分で決めたこと、最後まで自分の身体を壊さない程度までは常に挑戦して行きたい。そう思っているからだ。

 ただ不安と、そしてそこからくる決まらぬルートが悩みであった。そんな中、もうジッとしているのが辛く感じ、もう身体を動かすしかないと思い、とりあえず新発田市方面目指して8時半頃、漕ぎ始めた。それでも、頭の中は今日の予定と不安でいっぱい。さらには冒頭のラジオ出演のことも考えていた。今日中に登山口まで言ってしまえば、前回に引き続き間違いなく圏外になってしまうだろう。2度続けて・・・ そんなことも考えていた。でも、走ると共に、自分の中でだんだんと落ち着きを取り戻してきた。身体を動かしているお蔭なのか、それとも、ただ時間が洗い流してくれたのかは分からないが、最後はなんとなくといった感じでルートが決まり、それほど悩むこともないことも悟った。なるようにしかならない。あとは、あらゆることに備え、準備だけはしっかりしていくだけだ。こうして決まったルートは、今日は登山口手前の町、関川まで、そして明日、もう1泊も2泊も変わらないと思い、思い切って2泊3日の山行へとし、昼前より登山へと入る事にした。日記が溜まってしまうのが後々苦痛だが、でもそんなことを考えていては始まらない。どんな良案でも欠点はついてくる。そう思い決定さえすれば、なんだか気楽になってしまい、いつも通りの陽気な気分で新発田市街へと入っていった。

 まずは明日からの登山に備えて買出しだ!また重くはなってしまうが、どうしても登山には無洗米が欲しく、普通の米は2kg近くもっていたのだが、追加して購入。そして行動食から朝夕のおかずと購入。そして隣接されていたスポーツ店では、すでに先ほどの書いた靴の破れのせいで穴あきだらけとなってしまった靴下の総取替え、登山用靴下も含め4足分まとめ買いした。こうして明日からの準備を万全にし、後は心置きなく観光へと、久しぶりにサスが大きく沈むほどの大荷物を抱えて漕ぎ始めた。さすがにあまりの重さによたよたしてしまうのが情けない・・・


清水園


足軽長屋

 この新発田市、最初は「ほとんど見るところがないかな?飛ばして行ってしまおうかな?」そうも思ったほどの町だったが、でも、よくよく見てみると意外に見所が多く、ここではゆっくりすることになった。まずは清水園・そして足軽長屋へと観光、そして旧県知事公舎、ふれあい会館ではこの新発田藩に関することを勉強した。その中でも驚いたのが、あの赤穂浪士の中でもとくに有名なひとり”堀部安兵衛”が元々この新発田藩出身だったことだった。このあと行った新発田城跡ではそんな堀部の銅像まで建てられていた。

 清水園:1658年、溝口3代藩主の時に造営された庭園。今の姿にまで完成されたのは元禄年間だという。ちなみにここは料金の関係で入館は断念・・・ パンフレットだけ頂き、外から眺めるのみで後にした。

 足軽長屋:名前の通り、藩政時代の足軽が居住した茅葺平屋建ての八軒長屋である。当時はこのような棟が何棟も並んでいたそうだが、現存するのは今はこれだけである。

 旧県知事公舎:明治42年に完成した建物で、現存する知事邸としては日本最古だという。

 堀部安兵衛:赤穂浪士で名は武庸。もと中山氏であり、この新発田藩士であった。弥兵衛の養子として入り、そして高田馬場の仇討で名高く、歌舞伎・講釈の人気者でもある。(1670〜1703)

 新発田城跡:櫓3つと城門だけがのこるやや寂しい城跡であり、またなんの資料も展示されてなかったが、それでもこうして城を偲ぶ事はできた。現在、城跡の敷地は主に陸上自衛隊として使われていた。


旧県知事公舎


県知事公舎内にて


五十公野御茶屋


新発田城跡


あの堀部安兵衛像


荒川にて

 こうして思う存分に新発田市を観光して、あとはのんびり今日の野宿予定地である道の駅・関川へ向けて漕ぎ出した。いや、のんびりというより、そうでしか行けないというほど荷物が重く、あまりのその重量にパンクしないのが不思議なほどであった。なんとか漕ぎ進めるといったそんな道中、なんと1.5Lのジュースの差し入れ!さらに重くはなってしまうが、でも、こればかりは嬉しく逆に足取りは軽くなってしばらく気持ちよく漕ぎ進んでいったが、でも最後はヘタリ、またのんびりとした走行で16時頃、ようやく道の駅へと入った。

 急いで溜めてしまった日記を書かなければ!だが、この道の駅周辺は観光地が多くそれらに魅かれて、まずは渡邊邸、東桂苑と見学、他にも道の博物館など見所いっぱいであったが、もうどこも閉館時間となってしまい全ては見ることは出来なかった。

 渡邊邸・東桂苑:渡邊邸はなんと宅地だけでも3000坪!そして500坪の母屋でまさに圧巻!最初は豪商の邸宅があると聞いて、どこにでもある旧家だろうと、全くといっていいほど興味が湧かなかったが、でも、道の駅のすぐ隣にあったために、ちょっと行ってみるとただただ驚きの連続だけであった。外からの様子だけでも驚いたのに、中はそれ以上で、今までいろんな旧家をみてきたが、ここまで豪華な造りと規模は初めてであり魅せられっぱなしであった。ただ、ここは有料施設とあって実はそのお金をケチって中には入らずにパンフレットだけを頂いて誘うとした。でも、「ちょっとだけなら覗いていっていいですよ」そう声を掛けてくれ、こうして覗いた室内に、もう口が開いたままになってしまうほど、魅せられ驚かされた。ほんと中を見せて頂きありがとうございました。価値ある見学であった。ちなみにこの渡邊家は廻船業、酒造業などを幕末、明治と営み、最盛期には75人もの使用人まで雇っていたほどであったという。そしてお隣にある東桂苑はこの渡邊家の分家の邸宅で、そこもただならぬ規模であった。


渡邊邸


あまりの規模にビックリ!


東桂苑

 こうして今日一日を終えて、その疲れを癒すべく、そして明日からのハードな登山に備えて併設された温泉へと入浴♪19時ごろからは、日記を山へと入る前にどうしても全て終わらせたく、もう必死になって書き始めた。夕食をとる時間さえ惜しみ、買ってあったお菓子を手に黙々とPCに向っていた。そんなんだから、忘れてしまっていたのだ。ほんとうに申し訳ありません・・・


温泉入浴でゆったり♪


遊びに来てくれた牡鹿さん

 気を取り直して日記をこのあと閉館ギリギリの21時半頃まで書き続けたが、結局書き終えることが出来ずに外へと出ることになってしまった。それでも、明日も早く出たいが為に、今日中に終わらせようとテントの中でも頑張るつもりであった。そんなとき、なんと嬉しいことにあの群馬の土合駅で知り合った、牡鹿さんが遊びに来てくれた♪もう、こうなったら日記のことは、明日早起きしても終わらせることにして今日は遊ぶことに!一緒に運動公園でテントをはり、そして夕食を楽しく2人で自炊しながら、再会を楽しんだ。そしてなんとアウトドア好きに牡鹿さん、明日からの山行を一緒に共をしてくれることになった。ただ用事の関係で1泊2日しか付き合えないそうだが、それでも、ひとり孤独との戦いの寂しい2泊3日になるだろうと思っていただけに嬉しい悲鳴で、不安と気の重さしかなかった今回の登山が急に楽しみになった。そんな明日に備え0時頃、共に就寝した。


 ★今日のお食事♪
 ・朝食 : ごはん&缶詰
 ・昼食 : パン
 ・夕食 : パン・菓子・ご飯・ラーメン
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