毎日更新旅日記
旅の動機
旅の概要
旅の予定マップ
旅の持ち物
 
表紙へ

 

 

 


更新日時 03/08/10 8:42
本日のデータ
日付
8月 9日
天気
旅行日数
398日目
体調
良好
本日の移動
 旭川市観光
走行距離
37.0 km   
現在地
北海道旭川市
総走行距離
17067.6 km   
宿泊地
道の駅・旭川
今日の出費
食費
1607 円    
宿泊費
0 円    
観光費
500 円    
雑費
0 円    
経費詳細

 観光費:旭川兵村記念館




軍都旭川


梅原さん夫婦と♪

 昨夜は久しぶりの道の駅泊となったが、さすがは道の駅と言いたくなるほど出会いが多かった。言い換えれば旅人が集まる地であり、自然、旅仲間意識が生まれてついつい話しかけたり、話しかけられたりと、今日はそんな出会いが続いた。昨夜もこの道の駅で、チャリダー浅野さんと知り合い、そしてお世話にこそなれなかったが、おばちゃんとも知り合い、そして今朝ともなると特に多く、トイレ入り口脇に自転車を置いていたこともあって、通りかかる人みんなが自転車のプレートを見て、「おっ?!どこから来たの?」、と声を掛けてくれる。もちろん多いのがこの駅で車中泊された方なのだが、他にも出勤途中の方もいたりと、それぞれ、旅の話、土地の話など聞かせてもらい、こうして今日も朝からもう嫌と言うくらいに出会いに恵まれ楽しい一日のスタートとなった。

 ちなみにそんな今朝はやっぱりHPの更新作業から始まった。それでも、今日は調子よく終えることができ、そして冒頭にも書いたとおり、たくさんの人たちとのふれあいを楽しんだ後は、この旭川での自分自身の仕事のひとつである広報活動へとはいった。”人に伝えること”それが今の自分の旅のひとつの目的にもなっているのだが、前回、札幌でのこの活動ではさすが大都市、5連敗位してしまった・・・さすがにここまで連敗が続くと凹み、その記憶が未だ鮮明で今日の広報活動に実際、乗り気がしなかったのだが、それでもこれが自分の仕事なのだと、勇気を振り絞って電話を入れ、さっそく旅の概要を説明する。すると、あの札幌であった冷たさ、迷惑そうな対応は全くなく、気持ちよく取材しましょう、ということになった。ただ時間は夕方と言うことで、それまで思う存分この旭川の町を観光しようと思う。

 この旭川市。街に入り、こうして散策するまではどんな町なのか全く知らなかった。それでも北海道第二の都市だけに見所は多いだろうと勝手に期待していたところがある。先日まで泊っていたRHで旅人に「明日から旭川観光に向かいます。」と話すと、「えっ?何があるの?」と問われてしまう。実際に何があるのか分からないから私も答えようがない。いや、他の人もどんな町でどんな見所があるのか大概知らない。だからこそ私は興味を持ち、今日の観光に期待膨らませていた。

 小雨振る中、まず向ったのがで、永山の文化会館の敷地内にひっそりと佇む”旧永山戸長役場”で、そこまで案内板もなにもなく、やや探しながらの到着であった。さすがにこんなところだけに日に数えるほどしか観光客も訪れないようで、入館者名簿にはほとんど記載はなかった。そんなひっそりとした建物内では小さなパネルが幾つか並べられ簡単な建物紹介がされていた。

 旧永山戸長役場:明治26年に永山戸長役場として建てられた庁舎を復元したもの。この町は屯田兵村として起こり、主な事務処理は軍の本部が行なっていたそうで、この役場では主に戸籍管理など仕事のみで、また本州と全く異なる土地、生活から、同じような自治を敷くことが出来なかったそうで、この役場の役割は少なかったそうだ。

 屯田兵:北方の警備と、北海道の開拓、さらには廃藩置県で禄を失った士族の救済が目的で作られた兵で、主に、午前中は兵錬に、午後は農作業にという日が多かったそうだ。1875年(明治8)に設置が始まり、1904年に廃止され、その後は他と同様に師団(軍)と正式に変わったそうだ。ちなみにこの明治8年から35年までの間に約4万人の兵員と家族が移住し、数々の苦労を乗り越え開拓、任務に励み、今の北海道を作っていった。


旧永山戸長役場


再現された役場内にて


旭川兵村記念館

 さて、お次に観光したのが”旭川兵村記念館”で、ここは屯田兵に関する資料を集めた道内唯一の資料館と言うことで500円という入館料にも関わらず奮発して入館したのはよいが、その屯田兵に関する資料が「えっ?」というほど浅く、少ない。私にとってはちょっとガッカリ観光となってしまったところなのだが、でもメインはこのあとの観光で、もう観光する前から楽しみで楽しみで仕方がなかった。ちなみにそこは北鎮記念館というところなのが、この北海道の陸軍の歴史を紹介しているところで、その記念館は陸上自衛隊内にある。いままでずっと海軍の資料館ばかりで、陸軍の資料館どころか、その敷地にも入ったことがない。海軍では護衛艦まで乗ったと言うのに・・・ なんで陸上は?!そう疑問をぶつけたくなるほど陸軍に関する資料館はいままでなかった。それがようやくここで見つけ、その喜びから、入館前から期待が高ぶっていた。

 でも、その前に腹ごしらえ、私は食にはあまり拘らない方だが、それでも地の物は食べたい。そんなことで今日は通り道でもあった”旭川ラーメン村”へと入った。ライダーの方からは「あそこに行くのは通ではないね!ほんとに旨いのはそこじゃない!」など、そんなこのラーメン村の噂を聞いたことがある所であるが、それに反し、ちょうど着いたのが昼時ともあってか、もうどこも大繁盛!ここには旭川を代表する8店舗の店が軒を連ねているのだが、どこも何十人と列を作り並んでいる有り様であった。待つのが嫌いなだけに一番空いている店を選んだのだが、それでも2、30分は待ったと言うほどである。ちなみにお味のほうはというと、うん、旭川ラーメンだ!そう言う味であった。なんとも分からないこの表現だが、以前、この旭川に社員旅行で来た時に食べた旭川ラーメンを思い出したからこその表現で、懐かしいやや濃い目の醤油味であった。聞けば、この旭川ラーメン、零下30度という極寒の地だからこその、表面に油を浮かせた冷めにくいスープだそうで、さらに北国人好みのやや濃い味醤油、それに加え、スープの絡まり易い縮れ麺というのが特徴だそうだ。


再現された屯田兵舎内


昼食はラーメン村


なかなかじゃ!

 さて、お楽しみの陸上自衛隊へと入る。正門玄関で受付し入館証を頂いて、さっそくその敷地内にある記念館へと入った。外見こそそれほど大きくなく、決して立派とは言えない建物であったが、中の資料の濃さには驚いた。いや、陸自の歴史を始めて目の当たりにするだけに内容濃く見えたのかもしれない。日清、日露、満州、そして大戦の主な陸軍の流れ、そしてこの北海道旭川の地で生まれた第7師団の動向が詳しく当時の写真と共に紹介されていた。もちろんその師団の元にもなった屯田兵についても、さきほどの”兵村記念館”に負けない内容で展示され、その内容の濃さに2時間以上、この小さな記念館で見せられていた。ちなみにその中で特に衝撃的だったのが、この旭川が”軍都”という町であったことだ。屯田兵という兵隊で町は開拓され、そして師団で栄えていった。今この街にその面影はほとんどなく、軍都と言うイメージはなくなってしまっているが、それが見えないだけに写真内に写し出されている、軍都という街に衝撃を受けた。そしてそう言う時代があったんだと言うことを改めて流れ行く歴史と共に実感し、そして今のこの平和に感謝する一方、他国の紛争に心を痛めた。歴史を知って今を知る。歴史と言う大切さを改めて考えさせられた。最後に大戦末期の玉砕、特攻、そんな歴史に涙を浮かべながらこの記念館を後にすることになった。


陸上自衛隊・北鎮記念館


記念館内は資料豊富!


北海道護国神社



北海道新聞さんと♪

 このあと、この自衛隊すぐ向かいにある北海道護国神社でそんな若い雄姿達に手を合わせて、こうして今日の旭川観光を終えて、最後の一仕事、お願いしてあった北海道新聞社へと向った。ここでは電話の対応そのまんま、温かく迎えてくれて、取材してもらったというよりも、ここでも人に温かさに接した、そんな印象の取材であり、なんと最後は手土産まで頂いてしまった。ほんとうにありがとうございました!

 さて、こうして今日一日を終え、昨日、寝かせてもらった道の駅へと戻り、相変わらず止むことのない雨を見上げながら、すぐ隣のスーパーの休憩所へと入り、そこで読書、HPの更新と夜の時間を楽しんだ。最後は定番、半額弁当を購入して、また道の駅へと戻って眠りについたのだが、ただ寂しかったのが、浅野さんがいないこと。そう、今朝、別れた浅野さんだ。台風が接近していることもあり、また連泊するかもと話していたのだが、思ったよりも本降りにならなく先へと進んだのだろうか、また会えると期待しただけに逆に寂しい夜となってしまった。ただ、冒頭にも書いたとおり、さすが道の駅、車旅の方など数人に声を掛けられ、長々と会話を楽しんだ時間もあり、その面ではやはり賑やかで楽しいところだ。

※この日記の写真をクリックすると拡大写真が表示されます。

 ★今日のお食事♪
 ・朝食 : 半額弁当
 ・昼食 : 旭川ラーメン・ミニ照り焼き丼
 ・夕食 :

半額お寿司弁当

<< 前の日へ

since2001-4