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更新日時 03/09/22 8:06
本日のデータ
日付
9月21日
天気
曇時々晴
旅行日数
441日目
体調
良好
本日の移動
 十和田湖畔〜七滝〜小坂町市街観光〜鹿角市
走行距離
51.0 km   
現在地
秋田県鹿角市
総走行距離
19825.0 km   
宿泊地
道の駅・鹿角
今日の出費
食費
614 円    
宿泊費
0 円    
観光費
900 円    
雑費
605 円    
経費詳細

 観光費:康楽館・小坂鉱山事務所・郷土館
 雑費:乾電池・小説




十和田湖の海
 ”菅江真澄”もう何度もこの東北旅行中に出てきたこの名前。東北北上しているときには資料館にも立寄ったりもした。ちなみに彼は江戸後期の旅行家でも民族学者でもあり、信州、そしてこの東北、そして北海道までをも旅行し、そしてその旅行記を挿絵と共に詳しく残してる。そんな真澄に今回もまた触れることなり、その作品のひとつ”十和田湖の海”と題したこの小坂町を主とした旅行記を残し、それと今回、私の旅したルートとだぶり、このような今日の題名にした。しかし、実はこの題名の意味は恥かしながら未だに分からない。どのような意味を込めてこの題をつけたのか、気にはなるが、しかし、謎めいたままも未知の広がりが大きく面白くも感じている。

 そんな旅行家、真澄が見ただろう十和田湖を眺めながら起床であり、そして今朝も真澄が残したように私もその旅行記書きに追われていた。3日分、それを今朝、一気に書き上げなければいけなく、どうしてもいつもよりもさらに雑になってしまい、出来事、そして感動を伝えきれないのはほんと辛くもあるが、しかし、今日と言う日も大切にしたく、今朝もその両立に苦しみながらもPCと必死で向き合っていた。しかし、ただ朝からPCばかりではない。ちゃんと自炊し食事もとらなければいけないのはもちろん、結露で濡れたテントの片付け、そして今朝は洗濯も行なったりとやることは山ほどある。ちなみにその洗濯、自分で手洗いし、そして乾燥は乾燥機を使った。洗濯物ほとんどのそざいが速乾素材を使っているのですぐに乾くだろうと洗ったのだが、しかし、これがなかなか乾かない。ほんとうにこの乾燥機動いているのだろうかと言いたくなるほどだが、しかし、乾燥機に問いただしても仕方がなく、改めてもう一度100円を費やすが、しかしその効果はほとんどなく、結局、テントサイトにロープを張り、そこで最後は乾かすことにしたのだが、しかし、日差しは弱く焦らすばかりであった。


発荷峠より十和田湖

 それらと平衡して日記書きにも没頭。10時半頃、なんとかやり終えたというか、無理やり終わらせた日記であり、それから半渇きの洗濯物を仕方なく回収し今日は11時の出発!遅くなってはしまったが、さて、今日はどんな旅になるだろうか、ワクワクしながら十和田湖畔を気持ちよく走り始めた。しかし、快適な走行は長くは続かない。すぐに小坂の市街へと抜ける為にこの2重カルデラの外輪山の山越えに入る。しかし、ここは意気込んで行ったこともあり意外にあっさりと発荷峠まで上りきりることができ、そして見事なまでの絶景が迎えてれた。だが、峠とはいえここで終りではない。このまま国道沿いに鹿角市へ出るのなら一気に下るのみであるが、しかしちょっと気になる町、小坂市街へと降りるべく、さらにここから外輪山の稜線を上らなければならない。きつい坂はまだひたすら続くが、しかし道中にある、展望台、真澄の日記にも出てきた笹森峠からの連ねる山々を望むその展望は素晴らしく、北海道とはまた違う味を堪能した。とくに嬉しいのが杉が多いこと。さすが秋田だからだろうか、広がる杉の樹海に日本らしさを感じ、こうしてまたまたここでも北海道と比べてしまった。北海道を見て日本らしさ、日本のよさを感じたような気がする。道中、ちょっとした石垣にも美を感じてしまうほどで、今まで見れなかった部分を教えてくれたような気がし、また、そういう意味で、本当の海外の文化・歴史を見、そして改めて日本と比べてみたい、そうとも強く思う今回の樹海ロードであった。


100名瀑・七滝

 笹森峠を越えた辺りからようやく下りが始まる。この辺りから今までの広葉樹から徐々に下ることにより杉が目立ち始める。先ほども書いたようにこれもまた悪くないとも思いながら、寒さで震えながらも気持ちよく坂を下っていく。大きな急カーブもなく、いつもの下りのように必死でブレーキを握らなければならないと言う事はないので、とても楽で気持ちがいい。ただ、鼻水がいつの間にか垂れてくるほど肌に寒気が襲うのは難点だが、しかしここは歌を景気付けに唄いながら駆け下り、元気をつける。そんな坂の道中、日本滝100選にも選ばれている七滝がある。7段で落ちる滝ということから名付けられた滝だそうだが、パッと見は2段である。しかし、思わず「おー」と声を競り上げてしまうほど豪快である。またすぐ脇には竜神を祭る”七滝神社”、そして流れる川には水車小屋がいちだんと風情を感じさせてもくれていた。ちなみにここも真澄が訪れ日記と挿絵を残している。

 この後も気持ちよく下っていく。途中、小さな商店に立ち寄り昼食を物色していると半額パンを見つけ、飛びつく様に買いあさる。なんと10個も買ってしまい明日の昼まではパン、パン、パンで持ちそうだ。こうしてお腹も満たしていよいよ目的の小坂の町へと入っていった。この小坂と言えば明治から本格的に開発の始まった鉱山の町で、今でこそ閉山し鉱山としての活気はなくなってしまったが、当時は県内、秋田市に次ぐ第2の都市であり、約3万人もの人が住み、そして県内初の電灯を灯したところでもある。その明るさは東京にも負けないほどだったらしく、それを誇り、電灯祭りまで行なわれ、わざわざ遠くから一目電灯祭りを見ようと足を運んだそうだ。しかし、今はその賑わいはなく、変わって観光都市として賑わいを取り戻しつつある。その中でも特に有名なのが ”康楽館”という日本最古の木造芝居小屋で、今の町には似合わないほど巨大な建物であり、それが当時の繁栄を物語っていた。ちなみに今も毎日公演が行なわれ、ちょこっとではあるがそんな様子を覗かせてもらった。

 そんな小坂町へと入ると、すぐに太鼓の激しい音が耳に入る。そして誘われるようにして行ってみると、今日はちょうど小坂のワイン祭りの日らしく、その舞台では大館の曲げわっぱ太鼓が演奏されていた。最初見たときは何も感じるものはなかったのだが、しかし、足を止めれば、僅か4人の演奏というにも関わらず、物凄い迫力で圧倒されるばかり、ついつい呆然と魅入ってしまい、拍手すら忘れる見事な太鼓であった。約1時間ほどの演奏が終わるまで足を止めていた。

 こうして祭り見物から始まった小坂観光。この後、康楽館、そして鉱山事務所と見学し、さらには郷土館にも入り、ここで真澄の旅行記”十和田湖の海”に出会い、自分の旅と比べながら、この人物に今回も惹かれていった。信州、東北と言えば菅江真澄、もうそんな印象が出来つつある。

 康楽館:明治43年に建てられた日本最古の芝居小屋で、全国でも珍しく外観はモダンな洋風作りで、館内は純和風建築と言う文明開化を思わせるその和洋折衷の造りの建物である。また10m近くもある木造の巨大な回り舞台も設けられ、今でも人力で活用されていると言う。国の重要文化財に指定。

 小坂鉱山事務所:明治38年。洋風の意匠を凝らして築かれた鉱山事務所。中も全てが洋風で玄関ホールに突き抜けるらせん階段が目を惹いた。ちなみに館内は当時の繁栄を描いた鉱山資料館となっている。こちらも国重要文化財。



小坂のワイン祭り!
曲げわっぱ太鼓の演奏


最古の芝居小屋・康楽館


今も現役!康楽館


昔そのまんまの館内


小坂町鉱山事務所


西日輝く鉱山事務所


旧小坂マリア園


郷土館


郷土館内の復元小坂駅


 小坂の町の歴史をこうして見てまわり、そして最後に気になるのが今の小坂の町である。もう日は大きく傾きだし、のんびり見ている時間はとてもなかったのだが、しかし見ずには離れられず、さっそく一歩路地へと自転車を走らせ、パンフレットにも資料館にも載っていない今の町を見てまわることにした。大正末頃から昭和初期くらいだろうか、見事なまでにそのあたり建造の町並みが並んでいる。しかし、かといって廃墟というわけではなく、今もどこも現役で生活感溢れているから、その町並みが温かく見える。これが今時の洋風住宅が並んだものなら絵にもならないだろうが、この古びた町並みが絵になるから不思議である。そしてさらに奥に入っていくと巨大な小坂製錬所がある。鉱山こそ閉山してしまったが、しかしその製錬の技術は高く、今もこうして世界の一線にて活躍しているそうだ。しかし、外観だけは当時の面影を強く残し、煙突から煙が吹いていないものなら廃墟かとも思いかねない今の実態であった。そんなこの工場上には、電灯祭りの舞台にもなった神社が聳えているのがみえ、さっそく行ってみようとも試みるが、どう行けばたどり付けれるのかさっぱり分からず、結局は断念してしまった。時間に最後は追われてしまったのも理由のひとつだ。


現在の小坂製錬所


小坂製錬所


毛馬内の武家屋敷


 こうして小坂観光を終え町を後にすることになった。興味惹かれるもの多く、もっともっとじっくり見てまわりたい町であり、後ろ髪引かれるほどであったが、しかし旅人である私は先へと進まなければならない。強い西日を浴びながら市街へとはなれて行った。隣町、鹿角市へと入って間もなく、先人記念館という看板が目に入る。もう17時をまわり閉館しているだろうが、それでもどんなところか気にかかり寄り道してみると、そこは見事なまでの垣根が揃う武家屋敷跡であった。その一角に先人記念館が建っているのだが、もちろんすでに閉館していた。しかし、この町並みを見れただけでも大満足であった。いつの間にはもう日は沈み、真っ赤に車道までもが染まる夕焼けへと変わっていた。そんな中を自転車で気持ちよく漕ぎ進め、鹿角の市街へと入っていった。途中、市街で買い物に立寄りながらであったために、目的の道の駅についた時にはすでに真っ暗となっていた。

 寝やすそうな軒下、そしてベンチも見つけてホッと一息。そして明日の八幡平登頂に向け、早朝出発をこころみたく、食事後すぐに日記の更新へと入った。すぐにといっても到着が遅かったのもありすでに20時近くになってはいたが、それでも日記をできるだけ終わらせたく黙々と始め、そして休憩を兼ねての電話最中、あるおじさんが電話中にも関わらず容赦なく話しかけてきた。どうやらここに寝泊りしているホームレスのようであるが、しかし、ベンチは無数にあり私ひとりが増えようと問題はない。そのおじさんも愛想良く、「自転車で旅をしているのかい?」という会話から始まり、そして自分の身の上話が延々と始まりだした。方言がひどく、また舌もお酒を飲んでいるようで回らないらしく、何を行っているのかほとんど分からない。それでも必死で話すおじさんに仕方なく聞き入るのだが、何度もリピートする話にさすがに疲れ「電話中だから、すいません・・・」と自分の時間をようやく取り戻すが、しかし、電話を終えてからもすぐにやってきて、またも大声で身の上話を始めたり、汚しちゃだめだよ!など注意事項をくどくどと並べだした。かなり酒に酔っているようであった。もう近所迷惑にもなりかねない大声の発言に、逆に私から注意し、そしておじさんもしぶしぶまた他のベンチへと戻っていったが、しかし、またも、思い出したように話しかけてくる。それを2,3度繰り返すのだ。おじさんが寂しくてこういう行動に出るのは分かるが、自分もPCをやらなきゃ鳴らない胸を必死で話し、また近所迷惑であることも話すが、一向に聞き入れず黙々と同じことを話し続ける。さすがに呆れて聞きながらも、日記書きを始めると、今度は剣幕を上げて怒り出した。終いには刑務所にいたことなど、指がないこと、さらには昨日ケンカ騒動を起こしたことなど、半分脅しともとれることを話し出す。そして興奮してか、身を乗り出してきた為に、唾は飛ぶは、食べ物のカスは飛ぶは、酒臭いはで、こちらも段々と血圧が上がりだし、はち切れそうにもなるが、しかし、こんな酔っ払いを相手にしたところで仕様がなく、グッと力瘤を握り締めただ堪え、最後は仕方なく、その場を片付け、後にするしかなくなってしまった。変わらずおじさんは物凄い剣幕で怒り捲くっているが、しかしもう相手にすることは出来ず、道の駅を22時頃後にした。


染まる空


空真っ二つ!


今日は自分の写真が
ないことに気付き一枚♪


 寒い・・・ 寒い・・・ こんな時間に自転車を漕ぐものではない。身体の震えは止まらず、他の場所に寝床を求めようとはしたが、あまりの寒さにまた道の駅へと舞い戻る。そして場所を移し、道の駅の片隅のベンチに寝床を求め、未だ胸の高鳴りと、そして上がった血圧を抑えきれない状態ながらも、もう日記もやる気が起こらず、不貞寝するように寝袋にくるまり就寝へと入った。あの唾と食べ物飛ばす姿が今も忘れられず、ムカムカしながらの夜であった。


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 ★今日のお食事♪
 ・朝食 : ごはん・レトルト丼
 ・昼食 : パン×4
 ・夕食 :

レトルトラーメン・パン

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