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更新日時 03/09/27 19:03
本日のデータ
日付
9月25日
天気
旅行日数
445日目
体調
良好
本日の移動
 西根町〜玉山村〜盛岡市
走行距離
60.3 km   
現在地
岩手県盛岡市
総走行距離
19983.4 km   
宿泊地
こども科学館近く高架下
今日の出費
食費
1033 円    
宿泊費
0 円    
観光費
750 円    
雑費
0 円    
経費詳細

 観光費:石川啄木記念館(450円)・県立博物館(300円)




雨雲の先
 「あれれ?!雨は?」、予報では昨日の夜には雨が降るというはずであるが、朝になっても未だに落ちてこない。雨の朝を覚悟していただけに拍子抜けしながらも嬉しい限りで、自炊後、雨が降ってくる前にとテントを急ぎ撤収し荷物をまとめた。しかし、空を見上げれば真っ黒な雲が辺りを覆い、今にも降りだしそうな不気味な空である。降りださないで!と祈りながら荷物をまとめ、そして降り出す前に早々と出発しようとしたそのとき、雨がポツポツと落ち始め、そして次第に小雨が辺りを覆いつくした。

 予報は1日雨、いや、1日どころか明日も雨の予報だ。2日もボーっとしている訳には行かず、急ぎ撤収しての今日の雨降る前のにと出発準備であったが、しかし、雨はとうとう降り出してきてしまった。しかし、テントが濡れなかっただけでもよかった。お蔭で撤収も楽になり、小雨降り始めたとはいえ気分のいい出発にもなり、意を決し、小雨の中へと自転車を漕ぎ始めたのだった。

 意外に今日は温かい。雨の中での出発を決意した大きな理由のひとつだ。どうしてもある程度は濡れ、そして体温を奪われるために、寒い日の雨走行ほど辛いものはなく、そんな日だけは避けようとおもっているのだが、今日はいつになく温かく、かといって暑過ぎはせず、小雨降る中とはいえ、気持ちよく岩手山焼走りより駆け下り、そして向った先は石川啄木記念館。それほど詩に対し興味あるわけではなく、また全くと言っていいほど詩については分からないのだが、しかし、啄木の人生、生き方には興味があり、やや高い入館料であったが奮発して入館することにした。

 資料は見所豊富♪また野外には再現された尋常小学校、ここは啄木が学び、さらには教壇で生徒に教えた場所である。その古びた校舎に小さく可愛い机と椅子が並べられていた。その小さな椅子、それも一番後ろにちょこんと座り、しばらくその教室を眺めた後、こんどは教壇へと立ってみた。誰もいない教室ではあるか、しかし、こうして教壇へと立つと、机ひとつひとつにたくさんの顔が浮かび上がってくる。笑っている顔、不貞腐れている顔、泣いている顔、なんだかそんな風景を懐かしくながら、教壇から誰もいない教室をいつまでも見つめていた。そこに自分をダブらせながら・・・


母校であり教壇にも立った
啄木の故郷・尋常小学校


尋常小学校
誰もいない教壇に立つ


啄木の暮らした斉藤家


 石川啄木:26歳2ヶ月という短い生涯の中で精一杯に生き抜いた啄木。社会思想にめざめ、和歌の革新を志し、口語をまじえた3行書きで生活感情をゆたかに盛るその詩。歌集「一握の砂」「悲しき玩具」のほか詩・小説・評論など多数を残している。(1886〜1912) ちなみにこの記念館、そんな啄木の生涯の展示の他に、野外では、母校でもあり教壇にも立つことになった尋常小学校が見事に復元され、また、そのときにお世話になり住んでいたと言う斉藤家も移築復元され、見応え充分な記念館となっていた。


啄木の育った地・宝徳寺

 雨はいつの間にか上がっていた。だが、雲行きは相変わらず怪しい。早くこの雨雲の先に訪れる光の世界を仰ぎたい。あの青空、そして輝く日差し、雨の後は空気が澄んでいるだけに何もかもが美しく見える。自分の心もまた雨により洗われ、さらにそう見えるのだろう。そんな空を期待しながら、散策を続け、記念館すぐ隣に建つ宝徳寺へと足を運んだ。ここは啄木が年少時代を過ごしたところであるが、しかし今はその面影がなく真新しい木々で組まれた立派な建物へと変わっていた。しかし、寺に残した啄木の詩が寺前に刻まれ、ゆかりの地であることを偲ばせてくれていた。

 こうして啄木の町、玉山村を観光して盛岡市街へと自転車を走らせて行った。上がっていた雨もまた降りだし、今度は音を立て本格的に降り始めるが、しかし、逃げ込むような軒下はどこにもなく、額に流れる雨を何度も拭いながら、その雨から逃げ出そうと必死で自転車を漕ぎ進めて、向った先は県立博物館。ただ、途中、道を間違えてしまい、さらに雨に打たれてしまったのが誤算であり、さらに誤算はこの博物館が小高い丘の上にあることであった。土砂降りの中で上るその急坂、汗も同時に額を流れ、そして首下、さらには服まで濡らしていった。さらに苦痛は続く。もうすでに泣きたくなるような様であるのに、さらにこの中、泥に車輪をとられて転倒・・・ 泥紛れになりながらの博物館入りであった。


見応え充分!県立博物館

 もう、走りたくない!温まりたい・・・ こうして逃げるようにして駆け込んだ県立博物館。さすが県全部の歴史、文化、風俗を紹介しているだけに資料量は豊富で、外は雨だけにここではとことん見学することにした。地質、考古、歴史、民族とあらゆる資料に魅せられながらも、やはり一番興味引くのは歴史である。栄華を極めた平泉文化、今後の観光の楽しみを膨らませながら博物館で予備知識。さらにはハイビジョン映像資料を存分に楽しみ、博物館を足が痛くなるほど、また、見疲れるほど満喫した。

 そう、足が痛いと言えば今日はひどい筋肉痛であった。歩く姿もなんとなくぎこちなくなってしまうほどで、昨日の久しぶりの登山をしたという実感をしみじみ感じ、また、今までの登山はやはりハイキングであったとも思いながら、筋肉痛に耐えていた。15時。博物館の見学を終えたものの、もう動く気はしない。外は先ほどよりはやや勢いは衰えたものの相変わらず雨は降り続いていた。呆然としばらくその雨を見つめていたが、しかし、いつまでもこうしている訳にもいかず、小雨を見計らって、市街観光へと寝床探しも兼ねて自転車をまた雨の中へと漕ぎ出して向った先は道100選のひとつにも選ばれていると言う”寺町通り”。目を奪わんばかりの立派な寺が並びに並ぶ中を、歴史に浸りながら小雨降る中とはいえ、気持ちよく走りぬけ、次に向った先は盛岡城跡。この岩手公園では観光以外にも寝床探しも兼ねていた。


道100選・寺町通


南部藩の藩侯祀る神社

 雨を凌げるような東屋はないか・・・ あってくれ・・・ そう願いながら立派な堀と石垣を未だに保つ南部藩は盛岡城へと踏み入れる。明治にここも例外になく城が民間に払い下げられ取り壊されてしまった城郭であるが、しかし、堀、石垣だけは当時のままの威圧を残し、散策していれば自然と白壁がみるみる目の前に浮かび上がり、ワクワクしてくる楽しい城跡散策。そんな盛岡城の天守後には、これまた銅像跡と言える台座だけが建っていた。これは日露戦争で奮戦し、戦死した南部利祥を讃える為に建てられたものであるそうだが、大戦中の物資不足時に目を付けられ取り壊されてしまったそうだ。城の歴史以外にも、そんな歴史もこの城には刻まれていた。


烏帽子岩


盛岡城跡散策


南部利祥公が
建っていた台座


 さて、肝心の寝床探しの方はというと、雨を凌げる東屋は数多くあるのだが、どこを見てもさすが市街地だけにホームレスがいついていた。さすがにそこに割り込むわけにも行かず、また前回のこともあり、仕方なく岩手公園を後にし、向った先はやや郊外となる子ども科学館付近の公園。東屋があってくれと祈るようにして向ったのだが、芝生広場こそ広がるが、しかし公園内には雨を凌ぐところはどこにもない。科学館の軒下を借りようともおもったが、しかし、その建物の電気はいつまでたっても消えることはなく、さすがに待ちくたびれ諦めて向った先は工事中の道路の高架下。工事中とはいってもすでに完成している。ただ、道が結ばれていないだけであり、通行量もなく静かでよさそうなところでもあった。ただ難点はトイレも水もないことで、もちろんそんなところで自炊は出来ない。久しぶりの牛丼屋は”すき屋”へと足を運び、今日の疲れを食で癒して、この後、溜まった日記更新へと精を出した。最後、息抜きを兼ね読書しながら23時頃就寝した。


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 ★今日のお食事♪
 ・朝食 : ごはん・レトルト丼・味噌汁
 ・昼食 : パン×4
 ・夕食 :

すき屋(牛丼・豚汁・野菜)

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