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更新日時 03/11/12 9:01
本日のデータ
日付
11月 8日
天気
旅行日数
489日目
体調
良好
本日の移動
 前橋市〜尾島町〜行田市〜吹上町
走行距離
67.4 km   
現在地
埼玉県吹上町
総走行距離
21835.4 km   
宿泊地
けいちゃんの身内宅
今日の出費
食費
388 円    
宿泊費
0 円    
観光費
200 円    
雑費
0 円    
経費詳細

 観光費:東毛歴史資料館




再会の旅


朝から楽しく都丸さんと♪

 真っ平らな関東平野の大地を気持ちよく走る。今まで道と言えばアップダウン続く道であり、さらには峠越えが待っていたのだが、今は利根川沿いに田んぼ、畑に囲まれながら、どこまでも続く平坦な台地を漕ぎ進み、「これほど広いところとは・・・」と驚きながら、以前に車で走った時には感じることの出来なかった広さを身体を持って改めて感じながら新しい土地、関東平野を突き進んでいた。そんなこの地では再会がたくさん待っていた。前橋では都丸さん。こうして2日間を再会を喜び合いながら楽しみ、そして次の再会を約束しての今日の出発であった。そんな出発までの時間、やっぱり朝はHPの更新作業、そしてちょっと変だが、仕事に行く都丸さんを見送って、一人前橋での最後の時間はHPの更新、荷物の整理、さらには久しぶりのテレビに魅入っていたりし足を止められ、都丸さん宅を出発したの10時半をすでにまわっていた。都丸さんありがとうございました。

 こうして本格的に走り始めた関東平野。冒頭にも書いたように、今まで坂ある道しか走っていないほど山間部が続いてきただけに、この関東の平坦の大地が信じられないほど快適であり、また軽快に自転車を漕ぎ進めていった。そして今日の目的地は行田市を目指した。この行田への向かったのは、またここで再会が待っているためで、それも2人も居て、その楽しみは2倍以上である。期待、楽しみ込み上げるだけに自然と足が早くなって行田市を県道2号、そして国道17号と繋ぎ目指していった。そんな道中の伊勢崎では市街地の真っ只中を抜けるだけに、また土曜日だけに人込みに紛れ走りにくくはあったが、しかし、その町の雰囲気、空気が新鮮であり、こうして各町を見ていくのも確かに苦痛ではあるが、その中で楽しくも感じながら市街を抜けて行き、そして国道17号の通りへと入っていった。そんな関東の大地。「頑張ってくださーい!」と車より声が何度か掛かり、こうした都市へ入っていくにも関わらず、そうした温かさに心和まされ、気持ちよく漕ぎ進んでいった。


世良田東照宮

 この17号沿い利根川を渡るまでは自転車道が整備され、さらに気持ちよく距離を延ばして行く道中で、ある自転車乗りに出会った。定年を迎えてから自転車を本格的に始めたと言う鴫原(しぎはら)さんで、毎日のように乗っているだけにすでに走行距離は2万キロ以上!それを物語るように足取りは軽く、共に走るのがやっとであるほどであった。そして歴史好きでもある鴫原さん、いろんな土地の隠れた歴史、それはここが徳川の発祥の地であることを詳しく聞きながらこの後、今日の唯一の観光場所・世良田の東照宮まで道案内してくれた。そこで分かれたのだが、しかし、いろんな話を聞いていただけに、この後の東照宮や資料館、そして長楽寺の観光が楽しく、時間を忘れてしまうほどであった。

 長楽寺:長楽寺は承久3年(1221)徳川義季が栄朝禅師を開山として創建した東国初の禅寺で、栄朝の高名を添い多くの学僧がが集まったが、戦国時代以降寺勢は衰えた。しかし、江戸時代へと入ると徳川家康は祖先ゆかりの寺として保護し、天海僧正を住職に命じ、以来、幕府の手厚い保護の中で末寺700余りを有する関東天台の中心寺院として栄えた。

 東照宮:世良田東照宮は3代家光のとき、日光東照宮の奥宮を世良田に移築したもの。


長楽寺・三仏堂


見事な三仏


徳川東照宮



雄大な利根川

 さて、この後も観光は続いた。鴫原さんに教えられそして興味を持ち次に向かったところはこのすぐ近くの”縁切寺・満徳寺”で徳川家康の孫娘千姫がお世話になったところだという。、またこの満徳寺のすぐ横には徳川発祥の地ということを偲んで建てた徳川東照宮がひっそりと静かに建てられていた。そんな尾島町徳川を観光して、また先へと自転車を漕いでいった。この先、行田までちょっと急ぎ足。早く再会を喜び合いたかったというのが一番の理由であり、また2人も居ただけに出来るだけ時間を作りたかったのもあり、17号バイバスを通って一気に行田を目指したのだが、しかし、この道が自転車にとっては苦労の連続であった。バイバスだけに高架となっている部分が多く、自転車はもちろんそんなところは通れない。さらには橋などもほとんどが通ることが出来ず、川を渡るたび、高架がある度に道を探して市街地を行ったり来たり・・・ 街ならではの大阪の市街地での辛さを思い出し、さらにはこの先の東京での苦労を予感させる道を、なんとか探しながらも越えて行き、そして15時頃、ようやく行田の町へと入って行った。

 縁切寺:夫の不身持や強制結婚に苦しんで駆け込んだ女を助け、前夫はもちろん、その他から何らの異議を言わせない特権を有する寺。他に鎌倉の東慶寺。

 最初の再会は”あそひろ”と♪去年の年末年始を阿蘇で共に過ごし、また3月にも阿蘇で再会し今回で3度目。しかし、2度しか会っていないとはいえ、不思議とこうして旅で出会った人は、ずっと前からの友達のように感じてしまうところがあり、今回の再会もその例外ではなく、友達と久しぶりに会うような気持ちで”あそひろ”と待ち合わせしたフライ屋さんへ。久しぶりの再会を行田名物フライを味わいながら喜び合った。ちなみにこのフライという食べ物、メニューにも”フライ”としか書かれてなく普通に思えば「何のフライだろう?」と思ってしまう。しかし出てきた物は”お好み焼”のような食べ物で「これがフライ?」と思わず”あそひろ”に問いかけてしまったほどであった。味の方もちょっと変わっていて始めての食感・味ではあったが、しかし、なかなか美味しく、箸を運びながら久しぶりの再会に会話に盛り上がっていた。軽食後は”あそひろ”の通う大学でのんびり雑談。共通する旅人仲間がまた多いだけにそんな話でも盛り上がり、同じ大学のけんちゃんも交えて18時近くまで雑談に花咲かせ、そして、また明日の再会を約束して分かれた後はまた再会が待っていた。去年の7月に共に富士山へと登頂した”けいちゃん”で、会うのはこれで2回目とは言え、しかし、もう旅に出る前2、3年ほど前から知ってはいる仲であり、またこちらでも再会に花咲かす。けいちゃんの友達のなおちゃんと共に、お宅へとお世話になり、夜遅く3時頃まで久しぶりのテレビに魅せられながら語り合った。ちなみにその間、さすがに夜という時間に耐え切れず、時折仮眠していた(汗)


行田名物・フライ


再会!♪  手前左より
あそひろ・けんちゃん


けいちゃんの身内宅にて
なおちゃん・私・けいちゃん

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 ★今日のお食事♪
 ・朝食 : ごはん・ウインナー・たまご・もやし
 ・昼食 : パン×3・フライ
 ・夕食 :

ごはん・ビーフシチュー・牛などなど

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