毎日更新旅日記
旅の動機
旅の概要
旅の予定マップ
旅の持ち物
 
表紙へ

 

 

 


更新日時 03/11/25 19:14
本日のデータ
日付
11月20日
天気
旅行日数
501日目
体調
良好
本日の移動
 江戸川区〜電車・徒歩にて東京観光〜江戸川区
走行距離
9.9 km   
現在地
東京都江戸川区
総走行距離
22464.3 km   
宿泊地
マーボさん宅
今日の出費
食費
987 円    
宿泊費
0 円    
観光費
1240 円    
雑費
420 円    
経費詳細

 観光費:国立科学博物館・国立博物館・旧岩崎邸
 雑費:電車運賃




意外な空気

 冷たい雨が降る今朝は5時起き、テント泊では珍しくもない普通の時間であるが、ここ連日遅い就寝が続いているだけに辛い朝である。伊達さんが早朝のバイトへと行くため、それと共に出ようとしての起床であるが、しかし、「10時までには戻るからゆっくり部屋で寝てていいよ。」とも伊達さんは行ってくれたのだが、やっぱり共に出たく、また、東京観光も押し迫っていることから、出来るだけ朝早くから行動したく、この時間の出発となった。 まだ真っ暗な中を2人歩いて駅へと足を運ぶのだが、しかし、意外なのが、これほど朝早き乗車にも関わらず、座るところがないほど電車が込み合っていることであった。「さすがは東京!」そう思ってしまう、今日の眠い目を擦りながらの朝であった。


東京駅前通り

 6時ちょっと過ぎには伊達さんと別れ東京駅へと到着した。各資料館の開館まではまだかなりの時間があり、それまではどこかのベンチでPCをしたり、または、うずくまって仮眠でもしようと思っていたのだが、そのベンチがどこにもない!さらにはそうした落ち着けるファミレスですらこの東京駅付近はなく途方に暮れてしまう。身の置き場所がなく、辺りをフラフラするが、疲れるばかりでどうしようもない。また外へと出れば冷たい雨が降りし切る。そして最後に選択した場所は、ホームレスも根付く階段である。ここなら人もそれほど通らないだろうと、階段にそのまま腰掛け、そして、うずくまり仮眠・・・ ただ、やはり人の目が気になり、顔を上げれば冷たい目線がどうしても自分に向けて指されているようで、体裁悪い気まずい時間だけが流れていた。

 8時、ようやく腰を上げ歩き出した。目指したのは日本の政治の中心である国会議事堂だ!昨日に引き続き今日も皇居のお堀周りをのんびり歩きながら向かうこと約30分、ようやく参議院見学受付へとたどり着いたのだが、しかし、その見学の期待とは裏腹に強化警備中とのことで、本日は見学不可であることにガッカリ・・・ 今日のメインの観光であるはずであり、また楽しみにしていただけにショックは大きく、そして、また行き場を失い路頭に迷う。この近辺を観光しようにも他は開館まで1時間以上も間があり、その間ずっとじっとしているにも勿体無く、さらにはこうした雨では居場所もなく、そして向かった先は明日観光しようと思っていた上野公園であった。


皇居・めがね橋


これがかの桜田門


とうとう来ました国会議事堂



湯島天満宮


三菱・旧岩崎邸

 また電車に揺られて上野公園のすぐ手前、湯島へと降り立った。そして男坂、女坂と呼ばれる参道を行き、雨降りしきる朝の静かな湯島天満宮で参拝、その後は三菱の創始者である岩崎の旧邸へと見学。そしてその三菱のことをもっと詳しく知るために、三菱史料館へと足を運んだ。三菱が日本の発展と共に栄えてきた会社だけに、その歴史は興味深く、いつも同様に魅入っていた。この後も、今日は資料館・博物館巡りが続いた。弁財天祀られる上野の不忍池を通って、そして、東京の待ち合わせ場所としてよく聞く”西郷隆盛像”を横目に過ぎて入っていったところは国立科学博物館、そして国立博物館であった。どちらも、期待したよりは自分の見たい資料は少なく寂しい見学であったが、それでも、資料量が共に膨大だけに見ごたえは十分。しかしその分もう足はクタクタであった。楽しんだ、勉強したというよりも私にとってはただ「疲れた・・・」そんな言葉を残しての上野観光であった。

 三菱財閥:岩崎弥太郎によって築き上げられた財閥。明治維新後、政府御用の海運業者として巨利を得、日本郵船の海上運送における独占的地位を基礎として発展、三菱合資会社を本拠として、海運・鉱山・造船・鉄道・銀行・商業・貿易など、ほとんど全産業に及ぶ多角的な経営を行うに至った。第二次大戦後、GHQの指令により解体。※広辞苑より

 西郷隆盛:幕末・維新期の政治家。薩摩藩士。通称、吉之助。号は南洲。薩摩藩の指導者となり幕府を倒す。戊辰戦争では江戸城の無血開城を実現。新政府の陸軍大将・参議をつとめるが、征韓論政変で下野。帰郷して私学校を設立。77年私学校党に擁せられて挙兵(西南戦争)、敗れて城山に自刃。(1827〜1877) ※広辞苑より


上野は不忍池


西郷さんだ!


国立科学博物館


お馴染みの恐竜標本?


国立博物館


国立博物館・表慶館

 今日も昨日に引き続き、朝に電車で移動してからは後は街並みを歩きながら観光を続けていった。それにしてもこの東京観光楽しくて仕方がない。入る前は、観光への期待もあったが、それ以上に都会の人込み、騒がしさ、空気の汚れ、そして都会に染まる人々に対し、ただそれに接する苦痛だけを考えていたのだが、今回こうして東京へと実際に入り、そうした都会の辛さをまったく感じることはなかった。逆にその温かさにホッとしたほどで、そんなことからも観光の楽しさを盛り上げているのだろう。この後に行った浅草寺、浅草神社も同様で、さすが観光地だけにそこ混雑は激しかったが、しかし、それが浅草だろうと思うと、逆に楽しくなる自分がいた。そしてもちろんそんな浅草では手には名物、雷おこし、さらには人形焼をちょっと今日は贅沢に持ち、口に運んでは笑みをこぼしていた。

 浅草寺:東京都台東区浅草にある聖観音宗(天台系の一派)の寺。山号は金竜山。本坊は伝法院。628年、川より示現した観音像をまつったのが始まりと伝え、円仁・頼朝らの再興を経て、近世は観音霊地の代表として信仰を集めた。浅草アサクサ観音。 ※広辞苑より


やってきました雷門♪


賑わう浅草寺参道


浅草寺・五重塔


浅草寺


有名な浅草六角堂


浅草神社



マーボ宅にて


なんと!いくら丼♪

 こうして今日の観光を終えた。時間はまだ早い16時前であったが、しかし、今日はこのあと実は自転車での移動が待っていた。お世話になった伊達さん宅を後にして、今夜は同じ江戸川区のマーボさん宅で、去年の11月に共に自転車一周の中でお会いした旅仲間なのだ。その中で、東京での再開を約束し、また、その時が楽しい時間であっただけにずっと前からその再開を楽しみにしていた。そんなマーボとは待ち合わせした新小岩駅にて再開!もう1年振りのはずなのに、お互いすぐに分かるほどで、変わらぬ笑顔のまま家へと招いてくれた。そしてそこでまたマーボのご家族も温かく迎えてくれ、2人のお兄さんとも楽しく過ごしたのはもちろん、マーボのお母さんもとても陽気な方で話しやすく、すぐに打ち解け楽しい夕食の時間となった。また、せっかくだから楽しい思い出を作ってもらいたいと、マーボは友達も呼んでくれ、来てくれた”ひろさん”そして”田中さん”と共に、この後はお勧めであり、また行き付けの飲み屋は”北のお宿”へと連れて行ってくれた。みんなで楽しく飲み交わし、そして会話は初対面の方ばかりなはずなのに、そんな気がしないほど大いに盛り上がり、そしてお勧めの食も進み、今夜も東京での楽しい夜となった。帰宅したのは2時ごろだろうか、この日記もだいぶ日が過ぎてから書いているために時間までは覚えていない・・・ ありがとうございました。


生かきをぺろり


私も生かき♪


田中さんと♪

※この日記の写真をクリックすると拡大写真が表示されます。

 ★今日のお食事♪
 ・朝食 : おにぎり×2・パン×2
 ・昼食 : ファーストフード
 ・夕食 :

いくら丼・蟹キムチ鍋・つまみ一杯♪

<< 前の日へ

since2001-4