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更新日時 02/06/01 19:43
本日のデータ
日付
5月12日
天気
旅行日数
0 日目
体調
良好

本日の移動
     自宅〜天竜二俣(二俣城・清龍寺)〜自宅
走行距離
30.7 km
出発前累計距離
894.5 km
宿泊地
自宅



二俣城凸散策&信康廟

 久しぶりに自転車を漕いだ。行き先についてはいろいろ迷ったが、ただ走るのではなく観光しながら楽しく走りたい。そう思い地元の二俣城址を訪れてみることにした。

  昨日も書いたが、二俣城までは自宅からそれほど離れていないく、車でよく通っていたが、実際に行ったことがない。HPで調べてみると近くに清龍寺という寺があり、そのには信康の墓をはじめ、大久保忠世の墓もあるという。共に徳川家の家臣で戦国時代が好きな私にとっては、よく知る人物である。調べれば調べるほど訪れてみたくなった。

 ほぼ筋肉痛も治まり、難なく漕げることができるだろうと思っていた。逆に筋肉が付き以前より軽快に漕げることを期待しての出発だった。案の定、以前より難なくスピードが出る。軽快なスタートだったが、すぐに太股が筋肉が張ってくる。未だに筋肉疲労から立ち直っていなかった。それでも今日は重い荷物が無いのもあって、軽快に楽しく漕ぐことができた。筋肉の痛みはあるが、なにより以前より軽快に漕げるのが楽しかった。風を切るのが気持ちがいい♪あっという間に二俣城下に到着し、少し物足りないと思うほどの距離だった。

 二俣城址へ登る道は少し分かりにくかった。看板はあったのだが、木に覆われてしまっていて通りから見ることはできなくなっていた。その登りにさしかかると”徳川ゆかりの地”と書いた幟が並んでいた。せっかく幟が建ち並び盛り上がっているのに入り口の看板にはそれが伝わらず残念だ。



二俣城公園内の2つの神社

 登り切った所に数台の駐車場があり、そこが二俣城公園入り口となっていた。寂れた城跡を想像していた私は、あまりに整備された遊歩道や公園内にビックリした。公園内には多くの草花が植えられていて気持ちがいい。またここから清龍寺・鳥羽山公園(鳥羽山城址)への遊歩道も整備されていて、多くの方が遊歩道を散策していた。

 また、二俣城址の公園内に2つの神社が建っていた。共に歴史がありそうだが、詳しい説明書きを見つけることが出来なかった。

 山頂の広場に堂々と天守台が残っていた。かなり老朽化が激しいが、それが時を感じさせ見入らせられた。天守台へと登ることもでき、そこからは天竜川を望む事ができた。


天守台

天守台より天竜川

二俣の町を望む

二俣城の説明書

 二俣城址を後にした私は同じ二俣にある清龍寺を訪れた。場所はすぐに分かったが、それでも大きな看板がなく寂しかった。寺のは公会堂が隣接され会合が行われていたようで、駐車場は車でうまっていた。寺内に入りまず目を引いたのは、大きな櫓だった。私は二俣城と言えば井戸櫓というほど、櫓には興味があっただけに、それが保存されていたのは嬉しかった。

清龍寺の説明書

井戸櫓の説明書

井戸櫓

 奧へと進み本堂を越えると墓石が立ち並ぶ。その中に信康廟へと続く立派な階段があり、あまりの立派さに思わずシャッターを切る。登り切った所にも多くの墓石が立ち並ぶが、そこに立派な門があり、そこには信康廟と書かれた札が立っていた。想像以上の立派な作りで驚いたが、信康の悲劇の死に対する、人々の思いだと実感する。ただ残念だったのが門は固く閉ざされていて中に入ることができない。門にはペンキ塗りたて注意とはかかれていたが、とくに立入禁止等の札がなかったので、迷いながらも中に入りたい一心で、門の下をくぐり中へと入らせてもらった。私はちょっと臆病な正確もあるのでドキドキであった。

清龍寺の本堂

信康廟への道

信康廟 入り口の門

 中へ入ると、さらに墓石へは赤い立派な門で閉ざされていた。さすがに、さらに進むことは控えた。ただ、この脇には、大久保忠世と殉死した吉良お初らが祭られていた。墓を目の当たりにし、戦国の世が身近な世界に感じ、また、悲劇の時代であったことも実感した。

信康廟 奧の門

隣接された
大久保忠世の墓等

隣接された墓の説明書


信康廟 最奧
 門を引き返し、どうしても信康の墓石を拝みたかった私は、信康廟の側道を見つけ奧へと進み、横からではあるが拝むことができた。墓石は赤い建物の覆われていた。

 戦国時代を身近に感じることができた、今回の旅を終え帰路に向かった。 自分でもよく分からないが戦国の世に対し、いろいろ感じた旅だった。とても言葉で表すことはできない。

 帰路はやや向かい風であったが、軽快に漕ぐことができ、改めて筋肉が付いたことを実感した。逆にあまり頑張りすぎると息の方が先に切れた。今までとは逆であった。筋肉が付き持続力も増した分、肺活量が追いつかなくなってきたのだろう。でも、それが気持ちよかった。息を切らして漕ぐことが、なんとなく気持ちよかった。

 このような旅を今後も、日本一周時も続けて行きたいと思い、楽しみも増した一日だった。


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