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鳳凰三山途中で断念
標高 観音岳 2764m  観音岳 2840m  薬師岳 2780m
概要  鳳凰三山は南アルプスの北側に連なっている、薬師岳、観音岳、地蔵岳の三つのピークです。なかでも最も北に位置する地蔵岳の山頂にはオベリスクと呼ばれている岩塔が立ち、韮崎あたりの山麓からも、その特異な姿を見ることができます。
登山記録 H14年 4月20〜21日 (1泊2日)
 青木鉱泉〜南精進滝〜鳳凰小屋〜南精進滝〜青木鉱泉

登山記
登山日
H14年 4月20〜21日
天気
曇のち雨
登山路
青木鉱泉〜南精進滝〜鳳凰小屋〜南精進滝〜青木鉱泉

 前日の夜9時30分に自宅を出発して先週同様に国道1号〜52号そして20号から青木鉱泉へと曲がっていった。とくに看板等はみつけられなかった。ナビを頼りに青木鉱泉へと向かったがひどく道が悪い。ガードレールもないダートの10kmコースだ。ほんとにこの道であっているのか不安になりながら車を走らせた。あたりは街灯もない真っ暗である。 もちろん車ともすれ違うこともない。それでも青木鉱泉に着きさえすれば数台の車が止まっているだろうと期待しながら走らせた。

 やっとの思いで青木鉱泉に到着。しかし車が一台も止まっていないし明かりもなにもない。山奥に私一人である。怖い・・・寂しい・・・ 早く寝ることにする・・・・

20日

青木鉱泉

 
朝6:00に目覚める。寝不足だったせいもありぐっすり寝ることが出来た。 結局朝起きても他の車は来ることはなかったようだ。一瞬登山を辞めようかとも思ったが鳳凰小屋まで行けば登山者は居るだろうと軽い気持ちで出発する。時刻は6:50

 青木鉱泉には来週より営業開始との張り紙がはってあった。準備のためか車が一台止まっていた。来週になればもっと賑わうのだろうなと思いながら先を急いだ。


無名の滝

南精進ヶ滝?

鳳凰の滝?
 荷物が重く足取りも重い・・・ なかなか先に進めず休憩に頻度が高い。パソコン・一眼レフカメラ等の不必要な荷物を持っていることを苦でたまらなくなってしまう。ひとりだけという孤独がまた疲れを生むのかもしれない。しまいにはあたりは霧に包まれ雨も降ってきた。気が重いく、もう帰ろうかなとも思うが、そんな気持ちで帰ったらただの根性なしだ。

 やっとの思いで南精進滝に9:00到着。予想以上の大迫力の滝だ!ここでしばらく休憩し40分に出発。登りは相変わらずきつい。いつもの私の登山なら登山地図のルート時間よりもかなり早く到達できるのだが、荷物が重いせいか同等、もしくはそれ以上の時間がかかる。

 11:10白糸滝到着。霧でほとんど滝は望めなかった。ここまでは雪もなく、とりあえず順調にきたが、ここからが急に残雪が残り斜度もさらにきつくなる。アイゼンを装着し慎重に歩を進める。ここまで来ると荷物の重さを忘れただ足下に注意しながら登っていた。登山道も迷うことなく進めていたが、だんだん積雪量がおおくなり体力を消耗する。今回の予定では地蔵岳に登り、そこから観音岳・薬師岳とのぼり中道より青木鉱泉へ下山しようと計画してあったが、予想以上に体力と時間を費やすため地蔵岳の登頂のみで引き返すことに変更しようと考え始めた。


五色滝分岐
 12:15五色滝へ。滝壺までおりて滝を見物。ここも大迫力の滝でよかったのだが霧と雨でくっきりとは望めなかった。引き返し、鳳凰小屋へと向かうが、ここからが辛かった・・・ 登山道が完全に雪で埋まりまったく分からず、また股まで埋まってしまう積雪量だ。さらにトレースがまったく付いてないときている。最近に登った人が居ないようだ。さらに孤独と不安に襲われながらも、下山も考えたが、ここまで来たのだから鳳凰小屋へはもうすぐであるため、先へ進む。そのうちに斜度は緩くなったのだが積雪がさらに増して、登山道の2m〜3m近く上を歩いているようで、上部の木々が生い茂り通行が困難にもなる。なんとか地図とたきたま残る赤テープを頼りに木々をかき分け、腰近くまで埋まる中進む。人の分け入った気配もなにもないため遭難しているような気分であった。ものすごく不安である。生きた心地もしなくなってくる。鳳凰小屋はまだか・・・ ルートは間違えないのか・・・ と不安でたまらない。唯一の期待は鳳凰小屋に誰か居てくれたらと願う。山小屋のオープン時期はガイドブックによってまちまちであった。3月中とか4月中からとか、はっきりしないが、とりあえず4月下旬ではどの本でも営業中となっていた。誰か居るだろうと期待していた。

 14:30やっとの思いで鳳凰小屋へ到着。少し緊張しながら小屋へと踏み入れたのだが人の気配はなかった。小屋はしまっていたのだ。呆然とし、またがっくりする。力を落とし、冬季小屋が空いていたのでそこに踏み入れた。テントは持ってきていたが、無人の冬季小屋を利用することにした。残念ながら携帯も通じなかった。せっかくPCを持ってきたが無駄骨だった。唯一の救いはチョットした晴れ間に、地蔵岳(オベリスク)と観音岳を望むことができた事だ。


地蔵岳

雪渓

  絶望の中、夕食を済まし早く寝ることにした。明日が不安でなかなか寝付けなかった。すでに気持ちは地蔵岳登頂もあきらめ、下山だけを考えていた。とりあえず迷わないように来た道を引き返すつもりだ。不安のなかいつのまにか寝たいた・・・

21日
 
5時に起床。あたりは徐々に明るくなっていていた。軽く朝食をすまし出発準備をする。外は雪が降りだしていたが、霧等はほとんどなく視界は悪くなくほっとする。

 6:00下山に向けて出発。一人不安ではあったが歩き出すと気合いで不安は薄れる。ただ慎重にゆっくりと足を進めた。もちろん私以外のトレースはない。登ってきたトレースを慎重に見極めながら下る。雪はみぞれ、そして雨へと変わっていった。

  なんとか残雪地帯を突破。ほっとし、生きて突破した喜びを味わう。しかしこの先、残雪はないにしろ重い荷物を背負っての急斜面の下山である。下は雨のためにぬかるんでいる。慎重に下っていき、9:40に無事下山することができた。よろこび一杯の時であった。

 車に戻ると、車に張り紙がしてあった。”登山道について聞きたいので連絡下さい”とのことだったのでさっそく青木鉱泉小屋へ向かった。来週の会館に向けて準備中であった。青木鉱泉のおじさんに登山道、山頂付近の状態の事についてお話しする。なんか人と会話することにホッとする。お茶もごちそうになって青木鉱泉を後にし、帰宅へと向かった。

 自宅へ着いたのは15時頃だった。生きて帰ってきた喜びと安堵の気持ちでのんびりと時を過ごした。今回の登山の反省点は多い。まずは下調べの不十分さ。登山断念の決断の遅さ。不安時の気持ちの落ち着かせ方等が自分の大きな反省点だ。ただ生きて帰って来れた分、自分が一歩、山に対して成長したことを実感した。次にはもっと適切な対応がとれることだろう・・・


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